「下の名前で呼んで」
「なんで」
「似た者同士だと思うんだ。こんな入学式の日に、すんなりと輪に入っていけなくて、ちょっと駄目なところ」
そのことにすごく安心するから、〝先生〟って線引きして遠ざけないで、って。
ほんと情けない。
情けなくて、ちょっとだけ愛おしい。
「……久詞?」
「うん」
そうやって呼び続けてね、と、最初の一日に約束させられて、〝先生と糸島〟ではなく〝久詞と小唄〟になった。
「…………」
その後、彼は傍に置いていたネクタイを結んで黒いジャージを羽織り保健室を出て行く間際に、私の口にキスをした。
「……お、びっくりしてる。キス初めて?」
びっくりして声が出ない。
「よろしく小唄」
その去り際に見た顔は、すっかり男の人だった。
キス。
あれ。これって、そういうこと?
なんか大変なことが始まってしまったかもしれない、と思っていたらまた保健室の戸が開いて「あれ、誰かいるー?」なんて女の人の声が聴こえて、そっと目を閉じた。
彼が花粉症で、私が低血圧だったから、私たちはここで出会った。
一回目の春のお話。
* * *