先生はしゃがんでいたところから立ち上がって伸びをした。



「あー良かった。これでまた今日もきもちわるいですの一点張りでつれなくされたら、もう学校休もうと思った」

「ほんと駄目な大人……」

「何とでも言ってくれ。っていうか小唄さ」

「なに?」

「名前呼んで」

「……なんで?」

「だいぶ長いこと呼ばれてないから」

「……」



だいぶ長いこと呼んでないから、呼びにくい。



「なに照れてるんだ今更。前は普通に呼んでたじゃん」

「そうだけど……」

「半年前、急に敬語になって市野先生って呼び出したときは、正直寂しいよりも先に萌えたけどな……」

「ほんと駄目な大人……!」





市野先生、って最初に口にするのだって、どれだけ恥ずかしかったか。

忘れているものとして振る舞うためには、少しも照れが出てはいけなかった。どこまでも自然に、今までもずっとそうだったみたいに市野先生って呼ぶ。
そのために自分さえも騙した。
付き合っていた事実なんてなかったんだと、あれは自分の妄想だったんだと自分に思い込ませて。

その甲斐あって、そのうち本当に妄想だったんじゃないかって思い始めた。
先生を見てたまにドキドキしても、それは実らない片想いでしかないんだって。

保健室の秘密が、都合のいいファンタジーが現実になろうとしていたのだ。




それなのに先生が、眠っている間に何度もキスをするから。




その度に 〝あ、妄想じゃなかった〟 って、目覚めさせられた。









先生はちっとも眠らせてくれなかった。