保健室のベッドで眠ることをきっかけに、大事な記憶を一個落っことす。
そうすることを彼が望むなら。
別れる、ですらなくて、そもそもそんなことはなかったと、忘れてほしいと望むなら、そうしてあげよう。
嫌だって泣いたって、守れるものなんかそうないし。
目を閉じたのに、くらくらするのに、意識は落ちてくれない。
目をつむっていたって先生はまだそばにいると気配でわかる。
でもその表情はわからない。
じわっと目が熱くなっていくのをかんじて、悟られないように寝返りを打って枕に顔を埋める。一方では規則正しい寝息を装おって呼吸した。
「…………」
しばらくして先生は、くしゃくしゃと私の髪を撫でて、鼻をすすりながら保健室を出て行った。
ーーこうして私の記憶は抜け落ちたのだ。
正しくは、
こうして私の忘れたフリは、始まった。
次に先生と顔を合わせたときには、もう下の名前も呼ばない。キスも勿論しない。
ただちょっと友達が少なくて、卒倒癖があって、恋愛にはあんまり興味がない。
高校三年目の春に、私はそんな糸島小唄になった。
* * *