* * *


「知ってるか? 保健室には秘密があるんだって」

「……人が貧血起こしてるときになに」


三年生になったばかりの春。
毎度のことながら始業式で倒れた私を運びながら、先生は不意にそんなことを言い出した。



「保健室のベッドで眠るとさ。自分が知らないうちに記憶が抜け落ちるらしいよ」

「……そうなんだ。そんな学校の七不思議みたいなこと、高校生にもなって信じる人いるんだね」

「意外とみんな好きなんだってそういうの。お前だって、嫌いじゃないだろ?」



抱きかかえられて運ばれるときの、ゆらゆら揺れる感覚は好きで。
額を寄せた首元の体温はいつでもすごく安心した。

また倒れてしまったという悔しさも、それだけでだいぶ和らいだ。


ぼーっとした頭で先生の言葉に答える。



「……あぁ、うんまぁ、そうかも。嫌いじゃない」



保健室に着く。少しだけ開いていたらしい隙間につま先を入れて、先生は私を抱えたまま横スライド式のドアを開けた。足で開けるなんて、と叱りたかったけれど、運ばれてる身分でそんなこと言えない。

いつもなら私が運ばれてくるのを見るなり「またか糸島ちゃーん!」と叫ぶみちる先生の声が、今日は聴こえない。席をはずしてるみたいだ。


ぼーっとした頭でも意外と冷静に判断して、二人のときの口調で会話を続ける。



「その話が本当なら、私はぼろぼろ記憶をおっことしてることになるね」

「そうだな。忘れるとしたらお前だよな。だからさ、糸島」

「……なに?」



なんで二人のときに、糸島?



「目、閉じて」

「…………どうして?」



話の繋がりが見えない。

何が「だから」なんだろう?