「うん、そうだ」
先生はあっさり認めた。
「それなら思い出せなんて、おかしいです。言ってることが矛盾してます」
「わかってるよ」
「矛盾してるし、自分勝手すぎるし、市野先生は本当に自己中です」
「小唄」
「っ、だから名前で呼ばな」
「小唄。ちょっと聴いて」
「…………」
「矛盾してるのはお前もだろ?」
ドアも窓も閉じられた無風の体育準備室で、私と相対する瞳。
先生は今度こそ判決をくだす気なんだ。
長机の長辺分だけ、私たちには距離がある。
「そもそも付き合ってたことを信じてないなら、なんで俺が忘れさせようとしたことを責めるんだよ」
「それは……」
「怒ることなんて何もないはずだろ。だってお前の言い分だと、付き合ってたっいうのは俺のホラなんだから」
「……でも……」
「ダメだ、邪魔くさいな」
そう言って先生は席を立ち上がった。
今度こそ逃げ遅れちゃいけない。反射的に立ち上がって体育準備室から逃げ出そうとする。だけど立つより先に先生の声が響いた。
「小唄」
その声は、特別大きくなくっても、私の中ではよく響く。
その声に名前を呼ばれるだけで、優しくその場に縛り付けられる。
椅子から立ちあがれずにいると、先生は座る私の前にしゃがんで両手を両手で握った。下から顔を覗きこんでくる顔は、なんだか新鮮だった。
先生のきれいな顔が、真剣に私に言う。
「もう思い出してるだろ?」
「思い出さない。信じてない」
首を横に振る。だけど先生の目は強い。
「小唄」
「……」
握った両の手が熱い。
熱くて、ふるえそう。
「……俺が悪かった。ごめん。だからもう、いいかげん思い出して」
「……市野先生、だめです」
最後の抵抗もむなしい。
こんなに手に汗をかいてしまったらもう何も隠せない。
「だめじゃない。思い出して。っていうかさ、」
言わないで。
「忘れてないだろなんにも。本当は」