家に帰るとリビングで姉がビールをあおっていた。
「あ、小唄だ。おかえりー」
「どうしたのお姉ちゃん、仕事は?」
7つ年上の姉、糸島音江(おとえ)は雑誌の編集者で、こんな時間に家に帰ってきていることはとても珍しい。
空いている缶ビールの数を気にしていると、姉は少し呂律のまわらない口で答えた。
「それがさぁ……会っちゃったんだよねぇ……」
「? 誰に?」
「高校のときの元カレ」
「あぁ……」
「やってられなかったので今日は勝手にノー残業デー」
まぁここ座んなさいよ小唄ちゃん、となにやら大変めんどくさそうなことが始まる。
姉はショーパン姿で長い脚を組み直してソファに座りなおした。頬杖をついて、アルコールまじりのため息をつく。
「ほんとに不覚だった。今日は担当じゃないビジネス誌取材の代打だったのよ。変わったオフィスを取材しようって企画で……そこに勤めてて」
「あらら……」
「もう……!」
姉は頭を抱え出した。
「もうね、高校生の浮かれた付き合いなんて思い出して恥ずかしいことしかないのよ! どこを思い出しても〝あの頃の自分死ねぇぇぇ!〟って思うの。汚点だらけなのよ!」
「はぁ」
「経験も浅いからさ。どんな恥ずかしいこともわりとできちゃうんですよ。それだけならいいけど、こじらせ方もまぁ半端なくて。うまく立ち回れなかった自分も抑えがきかなかった自分も全員そこに正座しろよ……! って思って」
「お姉ちゃん落ち着いて」
「落ち着いてるわよ」
落ち着いててそれは怖いよ。
「あんたはうまくやりなさいよ」
「……あぁ、うん」
なんだかとても身につまされる話だったのは確かなのでうまく返事ができなかった。