帰りは先生の車で。

それも卒倒生活が長いので全然珍しいことじゃない。
ただ、最近の先生はちょっとおかしいので、車で二人という状況に危機感を覚える。



ジャージを後部座席に置いて市野先生は、カッターシャツの袖をまくって運転する。いつも。



「……なんだなんだ、睨むな。運転に集中できないんですけど」

「……」

「どうせならもっと熱のこもった目で見てくんない? 先生抱いて! みたいな」

「訴えますよ」

「すみません」




車両用の通用口を出て少し坂を下れば、正門から出てくる帰宅する生徒の群と合流する。

通学路では否応なく先生は車のスピードを落とす。そうしたら生徒が話しかけてくるからそれに応えて先生は窓を開ける。



「いっちー帰んのー?」

「おう今日はなー。っていうかいっちーって呼ぶな。市野先生様と呼べー」

「なんで様だよ!」



げらげらと男子生徒は笑う。車の外と中での会話。徒歩のその生徒と変わらないスピードで車は進む。細い道を。



「あ、糸島さんじゃん。大丈夫?」

「あ、うん平気」



見覚えのある男の子だなと思っていたら名前を呼ばれて驚いた。バッジの色を見て同じ学年だとはわかるけど。私は人の顔と名前が本当に覚えられない。



「いっちー糸島さんに変なことすんなよ」

「えー?」

「えー?じゃねぇっつの。 糸島さんお大事に」



そう言って彼は手を振ってくれた。彼は誰だ? あんな爽やかな人クラスにはいなかったと思う。

それよりも。



「……ほんとに、えー? じゃないですよ」

「えー?」



こんなんじゃ心配してくれた彼にも後ろめたい。ただでさえ、みんなが歩いて帰ってるところを車で通るのは毎度気がひけるのに。

えー? じゃない。



心臓にわるいからやめてほしい。