「ただいま」
藍くんが帰って来た。
私は、藍くんが出ていった状態のままぼおっとしていたため、慌てて手を動かしはじめた。
すぐ手元にあったコロコロをじゅうたんの上で転がす。
そして何事もなかったかのように、「おかえり」と言った。
内心動揺しまくりだ。
「桐ちゃん、ねえ、桐ちゃん…、桐ちゃん、」
「わ、わ、な、なに、ちょっと、くっつかないでってば」
「はぁ…」
そして、また、出ていく前と同じ体勢だ。
背中からべったりくっつかれて身動きも取れないし、藍くんがどんな顔してるのかもわからない。
私もどうしていいのか分からない。
「とにかく、離れて、背中からくっつかれるの苦手」
「前からならいいのか?」
「前からも横からも下からも上からも苦手」
「この潔癖…俺だったらいいんじゃねーのかよ」
「私、まだ、顔以外認めてないから」
「……なんか、怒ってる…よな…」
藍くんはおとなしく私から離れると立ち上がった。
私は、藍くんの背中を見届けると、藍くんは自分の部屋に戻っていった。
…なんにも、分かってない。
藍くんは自分のこと、私には何一つ教えてくれない。
それに関して私が疑いの目を向けたら、そうやって、逃げるのね。
もう、知らないのは嫌だ。
私は、藍くんのあとを追いかけた。
藍くんは自室で既にふて寝し始めていた。
藍くんのことを知って、ちゃんと好きになりたいのに、このままじゃ藍くんのこと知れないままじゃない。
普通に聞いたって、藍くんは茶化したり適当に流したりする。
だから、本気の言葉で、話さないと。
「藍くん」
ベッドの端に座って、壁の方を向く藍くんに話しかけた。
「藍くん、何か隠してる」
「……桐ちゃんに隠し事なんて…ねーよ」
「ある。あるよ。分かるもの。私に話してよ。じゃないと、私、藍くんのこと知れない。
藍くんのこと、知らないと、ちゃんと藍くんのこと好きになれないよ」
「…じゃあ……今の俺を好きになればいいよ」
また、背中に体温を感じた。
重いし。
私よりずっと大きな体が、頼りなさげにもたれかかっていた。
「俺……怖い……けど、桐ちゃんが居たら……あまり怖くない……」
「なにが、何が怖いの」
「ん……色々、たくさん、」
「ちゃんと、言ってくれないと、分かんない」
「聞くなよ、黙ってろよ……好きにさせろ」
「あっ、う、」
首筋、ぞわってした。
なんか、舐められた、ような。
ベッドから立ち上がろうとしても、
しっかり抱き締められていて、ちっとも動けない。