次の日の朝、ママとパパにさよならを言うと、ママは「勝ちなさい!」と私の肩を叩き、パパは「嫌なことがあったら、すぐに逃げてくるんだよ」と心配そうに言った。
なんだか二人ともまるで戦争に行く兵士を見送るような表情だ。
私は力強く頷いて、家を出た。
最低限必要なものを詰めたキャリーバッグを引き、帽子をかぶりサングラスをかけ、日傘をさしながら歩いていく。
歩いくこと30分程度。学校からは15分くらい。
そびえ立つ大きなマンション…の、隣の小さなアパート。
私はそのアパートの一室に3ヶ月住むことになるらしい。
もう一度力強く頷き、アパートへ入っていった。
「確か…ここ、よね」
なんだか…少し思っていたのと違うけれど、ここで引き返すにはいかないし…
私、ここに3ヶ月住むのね…
できるかしら。
今なら…引き返せる…
けど、だけど、
負けられない戦いがここにあるのよ。
負けるな桐、
私は誰にも何者にも負けないわ。
この3ヶ月、
藍くんに、あんなことやこんなこともさせてやるのよ。
しっかり、償ってもらうからね。
「いざ、尋常に」
人差し指を、インターホンへと一直線に伸ばした。
ビーーーー
ちょっと、思ったものと違う音がしたのはさておき、
私はドアが開けられるのをじっと待った。
ほどなくして開かれるドア。
私はふと顔を上げた。
「……誰?」
「……………え、」
それはこっちのセリフだ。
目の前にはまったく知らない男の人が立っている。
髪がところどころ跳ねているけれど、これは寝癖なのか地毛なのか、よく分からない。
寝巻きのままのその人からとりあえず一歩引く。
…どういうことかしら。
「何か用…?」
「いえ、すみません。人違い…です、はい」
「そう、じゃ」
「あ、あ、ちょっと待ってください、」
部屋に戻ろうとするその人を引き留めようと声を出すとその人はゆっくりまた振り向いた。
「何か」
「あの、白木藍くんという人の家を…」
「さあ」
「あ、そうですか、……はい」
「おい、何してんだよ」
背後から聞こえた声にバッと振り返ると、藍くんが少し不機嫌そうな顔をして私たちを見ていた。