病室を出て、私は息を吐いた。
私、すごく、落ち込んでる。

会えなくなるのを寂しいと感じてる。

だけど、私より藍くんの方がずっと辛いに決まってる。だから、弱気はダメだ。

もっと、強くならないと。


私は、受付の看護師さんに藍くんの担当の先生に話をしたいと申し出た。

その先生も忙しいらしく、私はそのあと二時間待たされてようやく話すことが出来た。

普通の診療室に呼び出された私は緊張しながら入っていった。


そこにはお父さんよりもずっと年を取ったおじさんがいた。


この人が、藍くんの担当の先生か。



「お時間取ってくださってありがとうございます」

「いえ、待たせてしまってすみませんね。今日は手が離せないことが多くて」

「藍くんのことについて…なんですけど、詳しく聞かせて貰えますか。」

「あなたは藍くんのご家族ですか?」



答えるのに、あまり時間はいらなかった。



「はい。家族です。婚約した仲ですから」

「いいね。若いって。そっか。彼家族がお母さんしか居なかったみたいだから。大変だと思ったけど、

君がいてくれてよかったね」


にこにことしわを浮かばせて、優しく笑いながらそう言ってくれて、照れてしまいそうになる。



「詳しく、ね。」


「まず、あと、どのくらいですか。彼は。」


「そう…ね。あと、半年もつか…分からないね。彼、薬だけで症状を緩和してるだけで、手術をしていないから。

もう、心臓は、移植するしかないよ。残念だけれど。それに、今まで彼のことを見てきて、あまり移植に積極的ではないんだよね。

移植希望の登録もやったのは今年に入ってからだし。」


「そう…なんですか」


なぜか、彼が移植に積極的ではないことにピンときた。

今まで、藍くんと過ごしてきたけれど、藍くんからは生き続けたいという強い意思がないんだ。

現実を受け止めすぎている。

それは、本当に、金銭面で現実的じゃないだけなのだろうか。

私の脳裏には、彼のお母さんの姿が映った。

いつもにこにこ笑っていた藍くんのお母さん。

藍くんと同じ病気で亡くなった彼のお母さんの死に際に藍くんは立ち会えなかったんだ。
それは、やむ終えない事情もなしに、藍くんがお母さんの世話をさぼるようになって、遊んでいたから。


藍くんは、罰だと思っているんじゃないだろうか。


だから、心臓移植せずに受け止めようとしてるのかもしれない。


そっか。

そうだよ…。



「だから、心臓移植するにせよ、金銭面でも問題はあるし、募金なんかも集めてはいるけれど、まだまだだね。それに、もし、いくらでもお金があるとしてもその前に彼に生きるという希望を持ってもらわなくては厳しいね。

これじゃあドナーの適合者が見つかったとして、彼がそれを拒否した時点で移植は別の人へとされることになる。」


「はい………」


「うん、だから、君からも色々と話をしてあげてほしい」


それは、無理なんですよ先生。
彼は、私に会いたくないから。

私が彼に生きてほしいと言うほど、藍くんは逆の方へ向かっていく。

藍くんは、罪の意識を背負って、生きる希望もないまま、現実的ではない金銭面の問題にぶつかってるのか。


藍くんの罪の意識が、全部諦めさせているんだ。