しばらくすると、ガラッと突然ドアが開いた。
顔を上へ向けると、化粧の濃い女の子が肩を手で抱きながら、一瞬こちらを見て笑った気がした。
私は、思い切り舌打ちをした。
彼女はそんな音聞こえなかったようで、
私に背を向けた。
その背中は嬉々としている。
「おい」
そのあとすぐに飛んできた声に私は勢いよく立ち上がって距離を置いた。
「遠すぎ。携帯返せないだろ」
「机の上に置いておいてもらえる?」
「手出せ。返さねーぞ」
あくまで手渡しする気だ。
私は顔をひきつらせながらも、手を差し出した。
「…お前、名前は?」
「なんであなたに教えなきゃいけないの?」
「返さねーぞ」
完全に、主導権はあっちが持っていた。
もう、さっさと返してもらって、消毒やらなにやらは全部あとから考えることにしよう。
今は早くこの場を去ろう。
「矢野桐」
「ふーん、で、お前は俺を知ってるわけね」
「とんだ勘違いよ。あなたは藍くんだけど、藍くんじゃなかった」
「失礼だな。俺は藍なんだけど」
「顔だけね。私の知ってる藍くんとはまったくの別人よ」
藍くんはクスクスと笑いながら、私の携帯を手のひらで、ポンポンと飛ばしたりキャッチしたりして遊んでる。
「桐、な。なあ、そいつとどれくらい会ってねーの」
「8年…くらい」
「最後に連絡があったのは?」
「………8年くらい前だけど………」
「もう忘れられてるだろ」
ピッキーーーーーン
言われたくなかった。それだけは。
藍くんを信じていたかったし、きっとそうだって、疑わなかった。
だけど、本当は少し、少しだけ、不安だった。
私はもう、忘れられているんじゃないかって。
だけど、信じたい。
忘れられたなんて、信じたくない。
「約束したもん‼‼ほら、これ、このロザリオをくれた。藍くんのお守り、私にくれて、それで、約束したもの‼‼」
藍くんがくれてから、肌身離さずくびにかけていたロザリオのネックレスを藍くんに見せつけるように目の前につき出した。