「俺達野球部が地方大会を突破したら、きっと榎本もプロ試験受かると思う」
「え……っ」
「長年の夢が叶ったらきっと同じ学校の生徒の榎本にもいいことあると思う! ──まあ、ただの俺のカンだけど」
「矢島君……」
実際、地方大会を優勝することもプロ試験を突破することも簡単なことじゃないと思う。
だけどどちらかが叶ったとしたら、不可能なことはないんだって思えるかも。
ありがとうと言おうとしたら今度は遠くから矢島君を呼ぶ声が聞こえてそれは叶わない。
彼は呼び声に気づくと「やばい!」と慌てだした。
「もう行かないと先輩に怒られるな。榎本、引きとめて悪かった」
「私こそごめんね」
話しながら急ぎ足で教室の扉に向かう矢島君の背中に声をかければ、彼は扉をガラッと勢いよく開けて私のほうに振り返る。
そしてぱっと笑った。
「お互い頑張ろうぜ!」
「また明日」と教室を出て走り始めた矢島君に私はなんとか「部活頑張って!」と声を張り上げた。
最後に見た矢島君の笑った顔は去年野球場で見た楽しそうな笑顔とよく似ていて、その時の試合の様子を思い出す。
時間を忘れて囲碁を打つのと同じようにボールの行く先を応援するみんなと目で追った去年の夏。
試合終了直後に見た矢島君達の目もとを手でこするのが今年は嬉しいものになればいいのにと思いながら、日誌を職員室に届けるために私も教室を出ようと歩き出す。
次こそプロ入りを決められるように頑張ろうと胸の中で思い、日誌を両腕で抱くようにギュッと強く持ちながら────。