「冬にもあるよ」
「それじゃあ今年中にまだチャンスがあるんだな」
「よかったな!」と笑顔を向けてくれた矢島君に私は曖昧に笑い返す。
今回の夏季までずっと男女が受けられる試験を受けてきた。
この試験の女性突破率はほんのわずかで、師匠には女流枠の試験を受けたらどうだとよく言われている。
院生でいられるのは十七歳の年、今年度末の三月まで。
今まで受かるなら男女共通の試験がいいと意地で試験を受けてきたけど、冬は女流枠の試験を視野に入れた方がいいのかもしれない。
プロになりたいのに意地をはってチャンスを逃すなんてもったいないなと今更ながら思う。
院生じゃなくなったら強い人と打てる機会が減ってしまうんだよね……。
「だけど進学や他の職種への就職を考えていないわけでもないよ」
「……諦めるのか?」
「諦めるわけじゃないけど、囲碁を続けるかわりに勉強も頑張るってお父さんとお母さんと約束してるから……」
院生になるための試験を受ける前にしたお父さん達との約束だから。
去年はまだ時間があると思っていたけど、二年生になった今、囲碁を続けるためには全く考えないわけにはいかなくて。
「大変なんだな」
「でも好きなことだから。矢島君こそ練習大変そうなのに頑張っててすごいと思う」
矢島君とは去年も同じクラスで、去年の平日に行われた地方大会の準決勝、私は生徒応援の一人として試合を近くで観た。
一年生ながらレギュラーの一人としてダイヤモンドの中を外をと動き回る矢島君をすごいなと思ったのは記憶に残ってる。
矢島君はタオルを首にかけ、ふるふると首を横に振って笑った。
「俺だって好きで夢中でやってるんだから榎本と同じだな」
「そっか……」
それ以降会話が途切れ、私はもう一声かけて帰ろうと口を開く。
けれど、矢島君に「あのさ」と声をかけられてそれは叶わなかった。