「大丈夫だよ。矢島君が囲碁のプロ試験のことを話したのに少しビックリしただけだからごめんね?」
私からも謝ると矢島君はキョロキョロと目を左右に動かした後に照れたようにくしゃりと笑う。
「あー……。俺っていうかじいちゃんが囲碁好きでやってて詳しくてさ。俺のクラスに囲碁やってる女子がいるって榎本のことを話したら、そのプロ試験の結果ってやつを毎回見てるらしくて」
「そうなんだ」
「じいちゃん言ってたぜ。榎本のファンだって」
「え……っ」
「たしか打ち方が時に大胆で時に丁寧でいいって言ってたな」
私の碁は安定していないって言われることがある。
先を見て広く模様を作る時があれば確実に地を作ることもあって、調子がいいとどちらの打ち方も上手くいくことがある。
だけどその反面、調子を崩すとどちらも上手くいかなくて負けが続くこともあって。
門下生としてお世話になっている師匠には精神面を鍛えれば安定して打ち分けできるだろうと言われているけれど。
ファンなんて言われたのは初めてですごく嬉しい。
ゆるむ表情がおさえられない。
「ありがとう。ファンなんて言ってもらえて照れるけどすごい嬉しい」
「いや。じいちゃんに伝えとく。──あのさ、その試験って今年はもうないの?」
「え……?」
「プロ試験に受かったら就職が決まったようなものなんだろ? 好きなことを仕事にできるなんて最高だって思ったからさ」
試験は冬にもある。
だけど冬季は夏季とはまた違う難しさがあるから正直冬季試験の方が苦手。
冬季試験は院生じゃない一般の人に加えて試験を受ける院生の人数が増える。
そして予選を経て本戦でぶつかり合うことになる。
今までも夏季試験より冬季試験のほうが成績が悪かった年が多くて不安に思う。
私は手に持っている日誌の表紙をじっと見つめた。