日誌を職員室にいるだろう先生の所まで届けて早く帰ろう。
そう思い椅子から立ち上がると教室の扉が勢いよく開かれた。
バッと入り口のほうを見るとそこには野球部のユニフォームを着た矢島(やじま)君がいて。
彼は笑顔で教室の中へと歩いてくる。
「榎本(えのもと)まだいたんだな」
「もう帰るよ。矢島君は部活でしょう?」
「新しいタオル忘れたからとりにきたんだ」
矢島君は自分の席に行くと鞄に手を入れて、少しするとタオルを持って鞄からとり出した。
「次の休日に地方大会一回戦があるんだよね?」
私が通う高校の野球部は毎年甲子園出場を目指している。
今まで地方大会の決勝に進んだことは何回かあったそうだけど、決勝で敗れて甲子園出場は未だ叶わず。
同じ学校の生徒としては甲子園に行ってほしいなと思いながら矢島君に大会の話をすると彼の表情が一気に変わっていく。
笑顔から真剣そうな表情に変わった矢島君は右手に持っているタオルをギュッと握りしめて唇を震わせた。
「去年準決勝で負けてすっげー悔しかったから今年こそは決勝に進みたいって思ってる」
「負けられないね」
私の言葉に「ああ」と返してきた矢島君。
ふっと表情がやわらいだように見えたと思ったら今度は困ったような顔をして私を見下ろした。
口を少し動かして閉じるを繰り返す様子に私は首を横に傾ける。
「矢島君?」
「あの、さ……。惜しかったな、プロ試験」
「え……」
まさか矢島君からそんな話が出るとは思わなくて私は瞬きを何回かくり返してしまう。
すると彼は両手をブンブンと勢いよく振って「気分悪くしたならゴメン!」と大きな声で言ってきた。