「どうした、小夜子。

泣いているのかい?」


武士が、心配そうな声で私に話かけた。


私は武士の言葉に涙を拭い、武士の顔を見つめた。


今の私は、山村小夜子。


私はもう、あの寺田小夜子には戻れない。


「武士さんがあの野沢恵子を見かけたなんて、武士さんの思い過ごしよ。

武士さんはきっと、野沢恵子に似た誰かに会った。

ただ、それだけよ。」


「でも、小夜子。

僕が今日見かけた女の人は、とても別人だとは思えなかったんだ」


「でも、武士さん。

武士さんは、絶対に勘違いしてるわ……」


私は涙を拭い、声を絞り出すようにして武士に言った。


「だって、死んだ人間が、この世にいてはいけない……」