私は幼い頃、シンデレラが好きだった。


空想の中で思う貧しい灰かぶりの少女の境遇は、私に似ていた。


でも、シンデレラは私とは違う。


シンデレラは、素敵な王子様に出会って、幸せになったのだから。


私は、封筒にチラシを入れる内職をコツコツ続けていた母に、話しかけた。


「お母さん、どうして貧しい灰かぶりの少女だったシンデレラは、素敵な王子様と結婚できたのかしら?」


母は少し内職の手を止めて、私を優しく見つめた。


「どうしてかしらね。

シンデレラは、運が良かったのかしら?」


私は、母の答えに不満だった。


「運が良かった?

ただ、それだけ?」



母は、不満そうな顔の私を見つめ、微笑んだ。


「それだけじゃないかもしれないわね。

そうね、シンデレラは、きっと神様にこう願ったんじゃないかしら。

『私を今とは違う自分にして下さい。
素敵な王子様と幸せになりたい』って」


「それでシンデレラは、幸せになれたの?」


「きっとシンデレラは、来る日も来る日も、心から強く願い続けてたのよ。

いじわるな姉たちのイジメにも耐えてね」


母の言葉を聞いた私は、静かに目をつぶり、そっと呟いた。


「本当に心から願えば、願いは叶うのかしら?」


私がそう言って、母の顔を見つめたとき、玄関を叩くけたたましい音がして、私は我に返った。


「寺田さん、いるのはわかってるんだ。

居留守なんて使ってないで早く出てきな!」


私は、大人の男の怒鳴り声に身をすくめた。


母は、怯える私に消え入るような声でこう言った。


「少しだけの辛抱だからね。

少しだけおとなしくしてたら、あの人達は、あきらめていなくなるはずだから……」