幼なじみの球児はあたしの天敵。


一樹と喧嘩してから1週間。


あたしたちにしては珍しく、まだ口を聞いてなかった。


席が前後なのに、一樹は、プリントを配るときはわざわざあたしの隣にいる美優を使って渡してくる。


真美さんがお弁当を忘れるときはいつもならあたしの役目なのに、いつの間にかこの1週間は夢になってる。



おかしくない?
そんな?

一樹の考えてることがぜんぜんわからない。


お昼前の授業はとてつもなく面倒くさい。

あたしが外をぼんやり眺めてると携帯が鳴った。


ブーッブーッブーッ


あ、LINEだ。


『俺!幸希!届いてるかな〜?』



え、なんで?

なんで幸希からLINE?

『わかるけど、なんでLINE?』


あたしが送るとすぐ既読がついた。


『ほら、金塚覚えてるだろ?瑠衣ちゃんと同じ中学だった。そいつに教えてもらった』


なーんだ。そういうことか。

『おっけー牧場』


『いきなりなんだけどさー、放課後デートしない?』



「デート!!?」

あたしは幸希からのLINEでびっくりして、思わず叫んでしまった。


すると、先生もクラスメイトも一樹以外は全員あたしを見てた。


「こーら、木村ー!そんなにデートしたいのか〜?」

先生がそんなこと言うからクラスメイトはほとんど爆笑して、あたしは笑い者になった。


「瑠衣、デートしたいの〜?(笑)」

隣にいる美優が真顔でそんなこと言ってくるから

「違うよ、誘われたの!!」

「瑠衣にもようやく春が来たの?美優、嬉しーい」

「違う、違う。」

「で、誰に誘われたの〜?」

「あー、なんか、電車でいつも見かけてた人で、話す機会がこの間あって、そこから仲良くなってって感じ?」

「名前は〜?」

「高山 幸希。桜ヶ丘学園の。」

あたしがその名前を出すと、美優が驚いた顔をした。


「瑠衣、高山幸希と友達なの?」

「え、う、うん」

「ねーねー、聞いてよ。渡辺!」

「あ?」

美優の前の席の、渡辺 透くん。

透くんは、一樹の野球部の友達で、いつも一緒にいる。

「瑠衣、桜ヶ丘学園の高山幸希と友達なんだって!!しかも、LINEしてるんだよ〜!」

美優が、透くんに言うと、寝ぼけてた透くんもびっくりした顔であたしを見た。


「それまじか?」

「え、う、うん。てかなに?幸希って有名なの?」

「瑠衣知らないの〜?高山幸希って、今年の最優秀注目選手だよ〜?しかもイケメンじゃん?だからすんごい女子から人気があって、追っかけとか、ファンクラブまであるみたい。でも、彼女は作ったことなくて、告白されても”俺、俺に興味がない子がいいんだ”とか言って断るらしいし?女の子とも喋りかけられる以外は話さないし、連絡先も教えないっていう強敵なんだよ〜?」


「うえ?それ本当?普通に友達なんだけど」

「お前、すげーな!!男の俺でもあれはかっけーと思うぞ?一樹の次に。」

それまで話に入って来なかった一樹がこちらを向いて、透くんを睨んだ。


「なんだよ、睨むなよこえーから。せっかくのイケメンが台無しだぞ。」

「うっせえよ。」

透くんに言ったあと、あたしの方を見て、冷めた目をしながらこう言った。


「お前、遊ばれてんじゃね?お前みたいなブス相手なんかされねーよせいぜい泣かされて終わるだけだぜ」

一樹はそれだけ言って、前を向いた。


「は?違いますー!!一樹と違って優しいし?紳士だし?はっ!ぜんぜん違うわ〜」

「てんめっ」

一樹がまたあたしの方を振り返ってなんか言おうとした時、

「はーい、ストップー!!」

美優が止めてきた。

「まあまあ、瑠衣は、きちんとデートに行って、楽しんでくれば〜?」

「そうする〜」

一樹を睨みながら、携帯をピコピコといじって幸希に返信した。


『いいよ』


するとまたすぐに返信がきた。


『良かったあ〜断られるかと思った』
『じゃあ、18時に瑠衣ちゃんの学校の最寄駅の改札前で待ってるね』


ふーんだ!!

一樹になんか、関係ないもんねーだ!


放課後になり、あたしは18時に幸希が来るまで学校で勉強しながら暇つぶししてた。


1人の放課後の教室って静かだよなあ



音楽を聴きながら教室で1人で勉強するのスキ。
あたしは結構、人混みが嫌いだから静かなところとかが好きだ。


昔は、あたしが人混みが嫌いなのを知ってた一樹はよく遊ぶ場所を近くの賑やかな公園じゃなくて、あまり人が来ない少し遠い公園にわざわざ連れてってくれた。


そんな昔のことを思い出してると、




ガタンッ


イヤホンをしてるのに聞こえた大きな音を聞いて後ろを振り返ると、廊下で一樹がたくさん持ってた野球道具を落としてた。



ここは無視するべきか?

助けるべき?

でもいま、避けられてるんだよ?

行ってもいいの?


ああー、なんでこんなアイツのために考えてんだろ。

助けよ。


あたしは教室のドアを開けて落ちてた野球ボールを拾った。


「瑠衣…」

あたしの存在に気づいた一樹は目を見開いてこちらを見た。

「はい、ボール」

ボールを拾って一樹に差し出すと、不機嫌な顔をした。


「なんでここいんだよ」

「え、だめ?」

「別に。でも教室電気付いてねーし、幽霊かと思った」

「こんな美少女が教室から出てきて嬉しかったっしょ?」

「バカじゃねーの?全然」

「なーんだ!で、一樹なにしてんの?」

「今日はグランド使えねーから筋トレしてもう終わりなんだよ」

「あ、そっか今日火曜だもんね」

火曜はサッカー部がグランド貸し切りだから野球部は使えないんだ。


他にも落ちてたものを手伝いながら喧嘩してたのが嘘のように前みたいに話ができていた。

「あのさ、」

「ん?」

「お前、高山のこと好きなわけ?」

一樹が拾う手を止めてあたしを真っ直ぐ見ながら言った。

「さあ?」

「ふーん」

「なんでよ?」

「お前にはあいつと付き合ってほしくないから」

「はあ〜?あたし、遊ばれるんでしょ?そんな心配する必要ないじゃん」

「悪かったよ、うそだよ」

「いいよ、いいよ、あたし莉子ちゃんみたいに女の子っぽくないし」

「俺には、お前の方が前田より可愛いぞ」


一樹は、平気で真面目な顔で言うんだ。



「な、なに言ってんの?頭おかしーんじゃないの?」

「かもな」


そう言って微笑む一樹を不覚にもかっこいいと感じてしまった。

本当にこいつは…

「一樹はずるいよ」

「え?」

「平気で真面目な顔して言ったり、ふざけたりあたしのこと振り回しすぎでしょ」


「俺の方がお前に振り回されてるよ」


そういう一樹は切ない顔をしていて、なぜだかあたしは胸が苦しくなった。


「あ!今何時?」

「18時5分」

「やっば!!幸希と約束してんだった!」

あたしは急いで準備してカバンを取って教室を出ようとした時、あたしの腕を一樹が掴んだ。


「ん?」

あたしが問いかけても一樹はなかなか離さない。

「どうしたの?」

「俺も行く。」

「え?いくの?」

「だめかよ」

「いや、いいけど、初対面だよね?大丈夫?」

「俺がいいっつってんだよ。これ片付けてくるから待ってろ」

「あ、うん。じゃあ門の前で待ってるね」


なんなんだ?全く。



門の前にはすでに人影があって、携帯をいじる彼を、身長も大きくて、顔もかっこいいから帰る女子高生にチラチラ見られてた。



目立ってるよ…


あたしを見ると幸希は笑顔になって手をあげた。


「瑠衣ちゃん」

「遅れてごめんね」

「いや、大丈夫だよじゃあ行こうか」

「あ、あのさ…」

「ん?いや、その…」

「俺も行くから」


後ろから聞き覚えある声が聞こえて振り向くとエナメルを持って、若干不機嫌そうな一樹がいた。


「あー。相川一樹くんだね」

幸希は笑顔で一樹に挨拶していて。


「なんで、一樹のこと知ってんの?初対面だよね?」

「ううん、俺と相川くんは国体でも同じだったからね」

「え、そうなの?なーんだ」

「で、なんで相川くんがいるのかな?」

「あ、なんか一樹も一緒に行きたいらしい」

「あー…なるほどね〜…いいよ、ちょうどお腹空いてたし、ファミレス行こうか」

「はーい!!」




そうして、あたしと一樹と幸希という謎のメンバーの食事会が始まった。

一樹side


俺には、生まれた時からの幼なじみがいる。



そいつはガサツで、化粧もケバいし、金髪だし、言葉遣いも荒いし、女っぽさは皆無に近い。


でも、すっぴんが可愛いこととか、寝顔が可愛いこととか、金髪だけど、黒髪があいつは1番似合うことを知ってるのは俺だけ。

気が最高に強いのに体は折れそうなくらい華奢で、泣き虫で、寂しがりや。

友だちとか家族とかがいじめられたりバカにされたりしたら自分よりどうしたって勝てない相手でも立ち向かってく。
そういうやつなんだ。



俺はそいつに、18年間片想いをしてる。


木村瑠衣。

いつ好きになったかなんて、そんなん知らね。

俺でも不思議だ。

でも、隣にいるのが当たり前で、あいつは俺にとっては最初で最後の女なんだ。


俺は不器用だから、素直にあいつに優しくできないし、あいつ次第で俺の気分は変わる。


前田に告られたとき、あいつに聞かれてて、あいつはなんとも思わなかった。

そんなのわかってる。あいつが俺のことを男としてみてないことなんて。

でも、苦しかった。いやだったんだ。どうしても。

ヤキモチを妬いて欲しかったのかもしれない。

それなのにあいつは平気で
”彼女作らないの?”
なんて言うから、怒ったんだ。



瑠衣が、欲しくてたまらなくて、ふたりきりの子供部屋なんて俺にとっては最高に触れたくて手を伸ばしそうになる衝動を抑える戦いをしている。


俺も野球部で真面目に見えるかもしれねーけど、ただの18の男だ。

好きな女を前にして、触れたいと思う気持ちは当たり前だ。



それなのに今あいつは、目の前の高山と楽しそうな笑顔で話してる。


ふざけんな。
俺は18年間も想ってきたんだぞ?

こんな奴にとられたくはない。


いつだって告白するタイミングなんてあった。

でもまだ出来ないんだ。


瑠衣は覚えてないかもしれねーけど、俺たちは小さい頃1つの約束をしている。


突然だけど、
俺の母さんは少しおかしい。

いや、正確に言うと咲さん(瑠衣の母さん)もおかしい。

2人とも高校時代の純愛で結婚している。
俺の父さんと宗一さん。


それはすげーと思う。

高校時代からってことはもう10年以上だろ?純愛ってやつ?

憧れてはいる。

でもタッチに憧れすぎて、普通ほんとに子供部屋作るか?

しかも、もう俺18だぞ?

漫画みたいに爽やかな感じじゃねーぞ?


よく達也と和也は南に手を出さなかったと思う。

俺がおかしいんじゃねーよ?

健全だぜ?


ああ、俺、いつまで片思いすればいいんだよ。


いつだって手を伸ばせると思ってた。

でもちげーんだよな。


俺には果たさなきゃいけない約束がある。



それまでは瑠衣を、この歯がゆい関係で隣で見てなくちゃいけないんだ。

瑠衣side


「…」


なんなんだ、この空気は。


あたし、木村瑠衣はただいま微妙な空気の中にいます。


その状況とは…
ファミレスに入ったあたしたちだけど、座る席を巡ってまず一樹が不機嫌。


あたしはなんのためらいもなく無意識に幸希の隣に座った。


それで、今、不機嫌な顔をした一樹とニコニコ笑顔の幸希が見つめあってる。


「あ、あの〜…」

「あ”?」

「なんで一樹そんな怒ってんの?」

「別に怒ってねーよ」

ふんっと一樹は窓の外を見てしまった。


「ヤキモチかな〜?(笑)」

「え?」

「ほら、瑠衣ちゃんが俺の隣に座ったからヤキモチ妬いてるんだよ、相川くんは(笑)」

幸希はあたしに笑いながら言うと一樹が不機嫌な顔をしてこっちを見た。

「あ?んなわけねーだろ。バカじゃねーの。」

「ほら、思いっきり怒ってるじゃん(笑)」

「別に怒ってねーよ」

「じゃあ、瑠衣ちゃんもらっていい?」

「は?」

あたしはびっくりして、思わず親父みたいな声が出た。

一樹もさすがにびっくりしたみたいで驚いた顔をした。


「聞こえなかった?瑠衣ちゃんのこと俺がもらっていい?」

「え、ちょっ、ちょっと待って。え?なに言ってんの?」

「ん?瑠衣ちゃんのことほしいなーって思って」

そう言って、普通に笑顔のままの幸希。

「は?べ、別に俺、関係ねーし?どうぞどうぞ」

「じゃあ、遠慮なく。あ、言っておくけど、後悔しても知らないよ?」

いやいや、おかしいだろ。


どんな状況なんだよ全く。

「あたし、誰のものでもないんですけど…」


それから、ご飯を食べて、ちょいちょい一樹と幸希はなぜか火花が散ってたけど。あたしたちは解散した。


その帰り道、あたしと一樹は無言になってしまった。


カツカツカツ

お互いの足音しかなくて。

でも微妙な距離が心地よくて。


ああ、あたしたちいつもこんなんだなあ。

いつも半歩先を一樹が歩く。

それにあたしは必死についていく。


「おい…」

突然、半歩先を歩く一樹が後ろを向いた。


「ん?」

「俺さ、」

「うん」

「負けねーから」

「ん?」

「あいつにも、野球でも負けねーから」

あいつって幸希のことを言っているのか。


負けたくないんだなあ。
負けず嫌いなんだから。

「うん、わかってるよ」

「お前は、あいつと俺どっち応援すんだよ」

一樹はなぜだか不安そうに、あたしの目を見ないで言うから。


バカなのか?

そんなの決まってるじゃんか。

あんたのことどんだけ見てきたと思ってんの?

あたしはあんたの応援団長なんだから。



「一樹に決まってんじゃん」

一樹の目を見て迷うことなく言った。

一樹はゆっくりあたしの目を見て安心したのか笑顔に戻った。

「そっか。よしよし。ま、お前が俺を応援すんのなんて当たり前だよな」

「は?そんなこと言ってると応援しないからね〜!!」




あたしと一樹。


幼なじみ。


良き理解者。


自転車をニケツするのも、帰り道の駄菓子屋で一緒にアイスを食べるのも、喧嘩するのも、仲直りするのも、全部全部一樹しかいなかったんだ。

むむ。


うーん…


うーん…

はあ…



なぜ、あたしがこんなにため息をついているのかと言うと、




「瑠衣〜、進路希望調査出した〜?」


あたしに話しかけてきた美優。



そうなんです。


「まだ〜…」


進路希望調査の締切日があと3日なのです。


「はあ…」

「まだ、出してないの〜?」

「そういう美優はどうなのよ?」

「美優?出したに決まってるじゃん!」

「え!美優、将来のこと決めてんの?」

「うん、言ってなかったっけ?」

「聞いてない聞いてない」

「美優、美容師の専門いくの〜」


ああ、美優っぽい。

美優は髪を結いたり、メイクやそういうのが得意だ。


「いいじゃん」

「瑠衣は?」

「永遠にJK志望。」

「あはははは、相変わらずバカっぽーい!(笑)」

「うるさいなあ、思いつかないんだもん」

「んー…瑠衣、相川のお嫁さんになっちゃえば〜?」

「んあ!?バカなんじゃないの?嫌だよあんなのと」

「え〜?お似合いだと思うけどなあ…」

「ないない、あたしたち幼なじみだし。」

「じゃあ、もし相川に彼女できたらどうすんの?」

「そりゃあ…」


あれ、なんだろ。

素直に嬉しいって言えばいいのに言葉が出ない。


「ふふふ瑠衣かーわいい〜!!」

「いや、違うからね?ほんとに!!」


ありえないっつーの。


一樹は幼なじみだよ?

ないない。
あたしたちは本当になにもないんだ。



ああ〜。

どうしよ。本当。

進路とかわかんないし。

将来とかわかんないし。


うーん。


「おい。バカ女。」

「ああ?」

後ろを向いてきた一樹はあたしに話しかけてきた。

「お前、進路希望出してねーの?」

「うん」

「ふーん」

「一樹は決めたの?」

「あ?まーな。」

「え?一樹どうすんの?」

「言わねーよ」

「いーじゃん、言ってくれたって。」

「うるせー。」

なんだよ、教えてくれたっていいじゃんか。


ま!担任がパパだからまあ、いっか!

なんとかなるでしょ!

うんうんと、頷いてたとき、あたしを呼ぶ大きな声がした。


「おーい、木村〜」

前を見ると、パパがいて。

「お前、今日居残りな。」

「え、なんで?」

「今日までだぞ〜、進路希望。出すまで面談だ〜」

「えー?ありえなくない?おかしくない?」

「お前しかいないんだよ出してないの」


は〜?
みんな決まってんの?


まじかよ〜…




そして、ときは過ぎて放課後。


あたしはいま、面談をしている。


目の前にはパパ。


「瑠衣、どうすんだ?」

「うーん。」

「なにになりたいとか、どこの大学行きたいとかもないのか?」

「うーん。」

「瑠衣は、理系だけど理系の方の学部にいくのか?」

「その方が多分受かる確率高くなると思うんだよねそれは」

「医学部とかいっちゃえば?」

「いや、ムリムリ。」

「じゃあ、看護師とか保健師とかは?」

「あー…看護師さんとかいいなあ」

「じゃあ一応看護系の大学で進路希望出しとくから。瑠衣も調べとけよ」