だからといって翔平君が結婚するという事実が変わったわけではないけれど、ふたりきりでいるときに、たとえ電話だとしても恋人の存在を感じたくはない。

そう思う自分はなんて身勝手だろうと思うし、恋人に申し訳ない思いもあるけれど、せめてふたりでいる今だけは、その気配を感じずにいたい。

流れる景色をぼんやりと見ていると、翔平君が私を引き寄せた。

後部座席は三人掛けだというのに、ふたりの間に距離はない。

おまけに、引き寄せられた勢いで翔平君の体に倒れ込んだ私は、そのまま肩を抱かれてしまった。

私の顔は翔平君の胸に押し付けられ、身動きがとれない。

体を離そうともがいたけれど翔平君の腕の力はかなりのもので、離れることができない。

それどころか指先で私のまぶたを撫でる余裕まで見せ、私の体から力という力すべてが消えてしまった。

ふにゃり、翔平君の胸に体を預け、何度か浅い呼吸を繰り返した。

そうでもしないと窒息してしまいそうなくらい私の体はどきどきと激しく震えている。

スマホを耳にあて誰かと話している翔平君の声が胸から耳にダイレクトに伝わってくる。

低く艶のある声が私の体に響くたび、心臓が止まりそうになる。

思わず目を閉じてふうっと息をつくと、今まで私のまぶたにあった指先は耳朶に移り、そして首筋をゆっくりとたどっていく。

「しょ、しょうへーくん、ちょっと」

肌をするりと撫でる指が私を試すように這う。

どうにか視線を上げると、相変わらず平然としたままスマホ越しに誰かと話している顔。

指先の動きは止まることなく、ゆるりゆるりと私の鎖骨あたりに沿って動いている。

微かな動きだというのに私への影響力はかなりのもの。

「翔平君……離して」