その後翔平君は駅には向かわず、ちょうどやってきたタクシーを止めた。

慌てる私を後部席に押し込み、当然のように自分も乗り込んできた。

「ちょ、翔平君、どうして……」

「萌の家に行くって言っただろ?」

「は?」

翔平君は私の気持ちは完全に無視したまま、運転手さんに行先を告げた。

それは間違いなく私の家の近くで、この間翔平君と偶然会ったコンビニの前という、ピンポイント。

「突然決めたから、泊まる用意を何もしてないんだよな。コンビニでいろいろ買っていくから」

「翔平君、私の家に泊まるっておかしいでしょ」

「おかしいって言われても、今日から一緒に住むって決めたし、まあ、プロポーズも遅いくらいで……いや、これは、あとにするか……」

「だからそれがわからないんだけど」

「まあ、それはあとで話すから。まず一本だけ電話を入れさせてくれ。急いで事務所を出たから、できなかったんだ」

翔平君は私の戸惑いも何もかもを無視したままジャケットのポケットからスマホを取り出し電話をかけ始めた。

「急いで……?」

ということは、翔平君には何か大切な用事があったんじゃないのだろうか。

私と偶然出会って一緒にいるけれど、もしかして彼女との約束があったとか。

普段見る機会が少ないスーツ姿もかなり格好良く決まっているし、特別な何かがあったに違いないけれど、電話を始めた翔平君にそれを聞くこともできない。

聞くつもりがなくても耳に入ってくる翔平君の言葉を聞いていると、電話の相手は彼女ではなく、仕事関係の人らしい。

来週に予定している打ち合わせの日程を決めているようで、少しほっとした。