『萌の作ったおにぎりが食べたい』
『今日発売の雑誌を買ってきて』
『暇だから何か話せ』
いくつもの要求に「人使いの荒い病人は嫌われるよ」と文句を言いつつも、いそいそと翔平君のために動いていた時間はとても楽しかった。
怪我をしている翔平君の姿を見れば痛々しくて切なかったけれど、こうしてそばにいられるのなら入院が長引いてもいいな、と密かに思っていた。
まるで翔平君の一番近くにいるのが当然のような錯覚。
恋人にでもなった気分でいた。
入院中、三崎紗和さんが一度もお見舞いに来なかったことも私の気持ちを揺らし、翔平君への想いはさらに強いものになった。
それにしても、今振り返って考えてみても、どうしてあのとき恋人がこなかったのかわからない。
翔平君に聞いても曖昧に笑っているだけで、要領を得ないし。
けれど、なんとなくわかるのは、翔平君は自分が弱っている姿を恋人に見せたくなくて病室に一度も呼ばなかったんだろうってことだ。
小さな頃から翔平君のあらゆる面を見てきた私になら、どんなに甘えてもわがままを言っても平気で、それだけの理由で私をそばに置いてくれたのだろうけれど。
それはよくわかっているけれど、その二日間を経た翔平君と私の関係に少なからずの変化があった。
それは、翔平君がそれまで以上に私に厳しくなったこと。
まるで父親のように身なりや言葉遣いにうるさく言うようになり、交友関係や帰宅時間にまで細かく口を出すようになった。
そう。
私は翔平君のものだと誤解してしまうほどの強い束縛を与えながら。