「……やだな」
翔平君の姿を目にした途端、後ろ向きな言葉が口を突いて出る。
翔平君を諦めようと努力しているのに、一気に振り出しに戻された気分だ。
お見合いのためのエステもその効果が半減した気がするし、気持ちは相変わらずくすんだままだ。
「どうした?」
いつの間にか目の前に立っていた翔平くんは、私の背中に手を置くと、そのまま歩き出した。
人の流れの邪魔にならないように歩きながら、その端正な顔が私を覗き込む。
「そんなに驚くか? 俺の事務所がこの近くだって知ってるだろ?」
「も、もちろん知ってるけど」
「だよな。就活中に説明会に来たもんな。あのまま採用試験を受けるんだと思っていたけど、結局別の事務所に縁があったな」
「あ、うん。あんな大きな事務所、私には向いてないと思ったし……それにあのときは」
あのとき。
普段はまったく思い出さないのに、ふとあのときのことを思い出した。
それは翔平君の事務所の説明会から数日後のことだ。
私は歩みを緩め、翔平君を見上げた。
そして、顎の下から鎖骨にかけて残っている傷跡を探す。
あの事故から五年以上が経ち、白くなった傷跡はじっと見ない限りよくわからないけれど、今でもはっきりと覚えている。
あの日、仕事を終えた翔平君は、帰宅途中の駅で階段から落ちて大怪我をした。