当時の私は、学校の勉強よりもそのことがやたら気になり、目につく自動販売機をしつこいくらいに観察しては兄さんに笑われていた。

今でこそ、低い位置に硬貨投入口や商品のボタンが並ぶ自動販売機は多いけれど、子どもの頃にこそ、それが欲しかった。

そして、その出来事が私の記憶に強く残り、自動販売機の設計をしたいという漠然とした思いが生まれたのだ。

私なら、もっと使いやすい自動販売機の設計ができるのにと何度も思った。

あの日翔平君がオレンジジュースを飲みほし、笑顔をみせたのを確認した美乃里さんは、私に「翔平のお世話を頼むわね」と言ってすぐに仕事に戻っていった。

我が家に滞在した時間は五分にも満たなかったと思う。

回復傾向だとはいえ、まだ熱が高い翔平君を心配する美乃里さんの表情はとても苦しそうで、何度も翔平君の頭を撫でては翔平君に嫌がられていた。

仕事の合間のほんの数分、大切な息子の顔を見に来たそのときの表情は、「水上美乃里」という女優ではなくひとりの母親のもので、私の母さんが良く見せる表情とよく似ていた。

翔平君を愛しているにも関わらず、熱で寝込んでいるときですらそばについていてあげられない申しわけなさを感じるには十分なものだった。

夕べ「親はなくとも子は育つ」と、寂しさと安堵が混じった声の切なさに触れたとき、あの日翔平君に振り払われながらも何度も頭を撫でていたときの美乃里さんを思い出した。

好きで続けている職業だとはいっても、大切な家族との時間を犠牲にした上に成り立つ特殊な職業。

きっと、もっと長い時間を翔平君と過ごしたかったんだろうな。

やっぱり、切ない。