――その夜は寒くて、雪がシンシンと降っていた。
冷たくなった指先、白い息、空をおおう厚い雲。
全部、今でもハッキリ覚えてる。
「……はぁ」
ため息をつく毎に、白くなった息が上にのぼっていく。
あのとき私は、窮屈で縛られる生活に嫌気がさしてプチ家出をしていた。
よくあることだから、心配性のお父様ももう警察に連絡したりはしなかった。
…あんな生活はもううんざりだ。
できればもうあんな家に帰りたくない。
…でも、そうもいかないのもわかってる。
お兄様が出ていってしまったから、あの家には私しかいない。
私の我が儘で、お父様を困らせたくなかった。
せっかく自由を手にいれたお兄様を、家に無理矢理引き戻すのも嫌だった。
仕方がない、選択権は私にはない。
そう思い込んでみても、やっぱりダメだった。
自分とは違う自由の多い人たちに、憧れてしまう。
「…はぁ」
ふと歩みを止めて、歩道橋からじっと街を見てみた。
…寂しいな、この街は…。
冷たくて、色がなくてモノクロ…。
空っぽのただの入れ物…まるで私だ。
「…苦しい」
少し、しめすぎたかな。
マフラーを緩くする。
…正直、この生活を終わらせるには『これ』しかないって思う。
「…」
ゆっくりと、歩道橋の手すりにうっすら降り積もった雪を払う。
指先が一気に冷たくなる。
――そして、手すりを掴んだ。