耳を疑った。

今、綾崎くんは何て言ったんだろう。


胸が高鳴る。
頬が熱くなる。


「俺と恋人のフリをしない?」

「…え?…恋人の、フリ…?」

「付き合ってるってことにしておいたら、今日みたいに追いかけられることもないだろうし。
一ノ瀬にとってそんなに悪い話じゃないと思うけど、どう?」


冷や水を浴びせられたような気持ちがした。

一瞬、期待しかけてしまった。

綾崎くんも私のこと好きでいてくれたのかなって。

そんなわけなかった。


冷静に考えれば、すきなひとの恋人のフリなんて辛いだろうって予想できたはず。

だけど私の頭がはたらく前に、首を縦に振っていた。


「ありがとう。
…俺、どうしても今、彼女が欲しかったんだ」


そう言った綾崎くんは、ほんの少しだけ苦しげに顔を歪めたように見えた。

それからさっきと同じように笑って、続ける。


「期限はとりあえず今年度の終わり、俺たちが三年になるまで。
もし、それ以前に一ノ瀬がやめたいって言ったらそのときまでってことで」


これからよろしくと、彼が差し出した片手を握る。



高校二年生の四月。


恋愛協定をむすんだ。

私は、すきなひとの偽物の彼女になった。