れーえーなっ。
 心の中であいつを呼ぶ。すると、なんと玲奈は振り向き、振り向きざまに俺を叩いた。
「痛ってえ。何だよ?」
まあ、軽くだったけども。まあまあ、我に戻るほどには痛かった。けど、こいつには、我慢ばっかりで申し訳ないなって、いつもいつも思ってる。けど、当の本人は歌を歌いながら俺を抜かしていった。学校の廊下。まあ、あいつなら、平気だ。なんか、現実ってわりと明るいなって、ふと思う。よく、思う。特に玲奈といる時は。玲奈と林には、また違う感情があった。
 俺は玲奈を追う。珍しい光景だ、と思う。追いついた。
「今週末、デートしない?」
「えっ。デートなんて初めてじゃない!びっくりしちゃったよ。何かあったの?」
「うん。すごーくあった。玲奈に慰めてもらいたいくらい、あった」
「珍しいね。どーしよっかなー」
と言い、玲奈はふふっ、と笑い
「いいよ」
と、歯切れよく、言った。

 デート当日。玲奈たってのご希望で、近くのカフェで待ってた。
「カフェでデートなんて、何か大人っぽいじゃん?」
と悪戯な笑みが今も忘れらんない。もしかして、俺って玲奈のこと好きなのかも。って、今更何を言う。好きだから付き合ってんだろ?
 玲奈が大また走りで来た。服はめっちゃオシャレしてんのに、やっぱ玲奈なんだな。
 「あんた早いね」
「時間厳守」
「あそ。で。何があったの?」
俺は考えるふりを3秒だけした。
「何もないよ」
「あそ」
「それより、和泉ねえ元気?」
「お姉ちゃんの話?」
「ごめん。ほんとうは違うんだ。何があったって訳じゃなく、むしょうに玲奈と二人になりたくなった。その方法として、デートかなって思った」
「そう」
とりあえず、二人でホットコーヒーを頼んだ。
 俺は、コーヒーの温かさに泣けてきた。そして、何で玲奈をデートに誘ったか、ほんとうの意味を悟った。
 「泣いているの?どうしたの?」
玲奈のあまりに優しい声に余計泣いた。周りのお客さんがびっくりしてた。
「ごめん、玲奈。恥ずかしいよな」
「泣いてるわりに冷静ね」
俺はちょっと笑った。玲奈は、寂しい時によく泣く。俺はもう、4年くらい、泣いてなかった。だから、玲奈と出会った中学校生活の中で一度も泣いてないからつまり、玲奈の前でも一度も泣いていないことになる。
 そして俺はわかった。俺は、林のお母さんであり、玲奈は俺のお母さんである、と。まあ、俺は男だけど。だから、ちょっと違うのだけど。
 それから、玲奈は何も言わず、ずっと背中をさすってくれた。

 帰り道。玲奈は
「とんだ初デートだったわ」
と言った。俺は
「ふんっ」と言った。そして、笑った。
「生きるって、バカバカしいねー」
「生きるってバカバカしいねー」
俺も繰り返す。
 その日の夜。玲奈の大切さをかみ締めた。失いたくない。また、涙がこぼれた。

 涙って、一回蛇口をひねると、とまりにくくなるんだなー。