「…ごめん、先に謝るけど…多分まだ、びくつく…と思う。」
「もう十分すぎるくらい震えてるから大丈夫。あいつのせいだって思うから。」

 ゆっくりと伸びてきた洋一の手が、そっと明季の腕に触れた。加減されているとわかるその優しさに涙が出そうになる。

「本当に何もされてないよな、お前。」
「…大丈夫。ちょっと痛かっただけ。」
「赤くなってやがる。…くっそ、あいつ。」
「振りほどければよかったよね。」
「…無理すんなよ、ったく。俺が間に合ったからもうそれでいい。送る。」
「…うん、ありがと。」

 洋一の目が見れない。多分、今目を合わせてしまったら泣いてしまう。
 本当ならば洋一に送ってもらう理由がない。ただ、今は、洋一が自分を好きだと言ってくれているこの気持ちに甘えている。
 洋一の優しい手が明季の腕を掴んだまま、ゆっくりと歩き出す。震えが少しずつ収まってくる。大学から徒歩7分の道のりはあっという間だった。

「…ごめん、ありがとう。」
「ごめんはいらねー。」
「だって、また迷惑…。」
「好きでやってるから、迷惑って言いません。その辺、明季はそろそろ聞き分けよくなろう?」
「…わ、かった。」

 ゆっくりと離れた洋一の手。温もりが遠ざかっていくことに、胸の奥がきゅうっとする。

「俺が帰ったらすぐ玄関のドア閉めること。出歩く用事ないだろ?」
「…ないよ、だいじょーぶ。」
「じゃあよし。…何かあったらすぐ呼んで。すぐ来るから。」
「…過保護だなぁ。だいじょーぶだって。一人暮らし初日じゃないんだし。」
「勝手に心配してんだからいいだろ、別に。あ、明季、頭、触っていい?」
「…なんで頭?」
「今、撫でたい。自分が安心したいから。」
「…意味がわからない。でも、洋一がそれで安心するなら、いいよ。」

 きっと安心をもらうのは洋一じゃなくて自分の方だと思う。それでも、洋一もそれで安心してくれるのならばそれでいい。
 洋一の大きな手が、明季の頭に乗った。そしてくしゃっと髪が揺れた。