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 講義が終わり、帰り道につく。美海とは講義が被っていないし、今日は一人で受講していた。もちろん帰りに何の予定もないから、帰り道は一人だ。

「あ、もしかして一人?」

 ついていない。ちょっと駅前に寄って美味しいものでも買おうかなんて思った自分が馬鹿だった。

「待ち合わせてますんで。」
「待ち合わせ何時?それまででいいからさぁー。」

 酔っているのか、ほのかに香るアルコールの匂い。そして苦手なたばこの臭いまでする。明季はわかりやすく顔をしかめた。
 それに気を悪くしたのか、男の方が明季の腕を掴んだ。その瞬間に、腕に鳥肌が立つ。

「っ…。」

 男の何が嫌って、多分この圧倒的な力の差を見せつけられることだと思う。敵わない、と思い知らされる瞬間が一番怖い。逃げられなかった昔を無理矢理呼び戻してしまう。

「明季?」

 怖くない、声がした。

「よう…いち…?」
「うわ、…待ち合わせって男?」
「明季に何か用?」
「…じゃねーけど。」
「んじゃ、それ離して。」

 洋一の低い声にさすがに正気を取り戻したようで、明季の腕からその手は離れた。震える腕を押さえるのに必死で、声が出ない。
 男の足音が遠ざかっていく。それなのに、洋一の顔は見れない。

「あー…危機一髪。あっぶねー…。腕触られた以外に何かあった?」

 明季は首を振った。それしかできない。

「…腕、触っていい?」

 遠慮がちな声に、静かに頷いた。