* * *

「明季ちゃん上手ですね、お菓子作り。」
「美海には負けるよ。」
「いやいや、私は圭介くんに敵いません。」
「浅井サンできないことないな、ほんと。」

 明季がそう言うと美海が嬉しそうに笑った。まさに恋する女子といった顔だ。自分のことではないのに、自分のことのように嬉しそうで、そんな美海の顔を見ると明季も笑顔になった。

「越前くん、喜びますねきっと。」
「っ…。」

 美海に満面の笑みでそう言われると途端に頬が熱くなった。洋一のためにバレンタインなんていうイベントに繰り出そうとしている自分が急激に恥ずかしくなった。

「明季ちゃん、可愛いです。」
「可愛いは美海の専売特許でしょ。」
「いいえ!今の明季ちゃんは私なんかよりずっとずっと可愛いです。越前くんが惚れるのもわかります。」

 美海の言葉から惚れるなんて言葉が出てくる違和感といったらない。

「…惚れるって…。あたしが美海のことを話す姿を見て好きになったんだってさ、よくわかんないよね。」
「そ、そうなんですか?」
「うん。…好きだって、あんまりにも曇りなく言うんだもん。焦るわ、普通に。」
「…そう、ですね。圭介くんも真っ直ぐです。だから私は何度も逃げ出しました。そんな真っ直ぐな想いに向かい合うことができる人間だととても思えなかったからです。」
「…ちょっとわかるかもなぁ、それ。」

 オーブンの中で、フォンダンショコラが膨れ上がる。

「…でも、帰りたくなる場所なんですよね、いつの間にか。…ちょっと恥ずかしい話ですが、圭介くんの腕の中にいると安心して、その安心を貰うたびに…辛くなったり悲しくなったりしたときに戻りたいって思ってしまうんです。」

 鼻の奥がツンとした。わかるという言葉では言い表せないほどに、わかる。

「…戻りたいって、思っていいのかな。」
「え?」
「…洋一に甘える自分でいいのかなって、そこがよくわからないんだよ。」
「越前くんの隣にいるのが自分でいいのかってことですか?」

 明季は静かに頷いた。