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嫌われてしまうならばそれまでだし、許されないのならばもう仕方ない。いつしか身についた生きる術は、諦めることだった。

「父母、5つ上の兄、3つ上の姉とあたし。外面はいいから、普通の家庭に見えるよ。でも全然普通じゃない。」
「どういうことだ?」

手繰り寄せれば蘇る記憶。笑っていたのはいつまでだったのだろう。

「父はちょっと有名な麻酔科医で、家庭にはお金をいれるだけ。家族はおまけだった。三人の子供に期待していたのは医者になることだけで、母もそれに従ってる。そもそも父に逆らうということを知らないし、思考は停止しているから、うちの母親。」
「そういうの、本当にあるんだな。」
「嘘みたいでしょ?でも本当の話だから。」
「明季が言うことを嘘だと思ったこととかねーから。」
「…洋一みたいなお父さんだったらなー…。」
「俺は明季の父親になりたいわけじゃねーんだけど。」
「知ってるよ。でも、本当にそう思ったんだもん。」

そうだったら、どれだけ幸せだったのだろう。叶うはずもないことを願って、今までの人生をなかったことにできたらなんて思ってしまう。洋一が時折苦しそうに顔を歪めるから余計に。

「でもとにかく、洋一とは真逆の父で、そんな父に従順な家族。特に兄は、…唯一の男ってこともあって厳しくされてた。普通に頭も良かったし、スポーツもできたし、万能な人だったから周りの人にもすごく好かれてた。その反動なのか、姉は勉強はできたけど対人はあんまりで、どちらもそこそこだったのがあたし。」
「そこが明季の家では基準になるんだな、人をはかるものさしとして。」
「そうだね、ステータス重視って感じかな。だってそういう話しかしないんだもん。母親だって、父の機嫌を損ねないようにってことしか考えてない。一番苦しかったのは、兄だと思う。」

苦しそうだった。自分の前では笑っていてくれたけれど。だから兄のことは好きだった。家族の中で一番、好きだった。それには恋愛的な気持ちは全く含まれてはいなかったけれど。家族の温かさは全て、兄から教えてもらったと思っていた。