* * *

「もしもしー明季?」
『…どうしたの?』
「いや、暇だからメシでも食いに行かね?」
『残念、金欠。今自宅でメシ作ってる。』
「じゃあ、家に行ってもいい?」
『いいけど、洋一の分まで作ってないんだけど。』
「いいよ。適当に何か買って行くから。」
『わかった。』

 切れた電話。これから自分がやろうとしていることの欠片も想像できていないだろう明季の家に行くというのに、拒絶されなかっただけでこんなにも足取りが軽いのだから男は単細胞と言われても仕方がない。
 明季の家の呼び鈴を鳴らす。すると、髪を無造作に一つにまとめた明季が現れた。

「…もっと早く言ってくれたら準備したのに。」
「いや、…ちょっと話したくて。」
「話し?」

 あの、明季を抱きしめた日から2週間が経ち、距離は変わらないままだった。洋一としてはなかったことにはしたくなくて、かといって思い切り踏み込めるはずもなくて、それで悶々とした気持ちをぶつける相手に浅井を選んだ。

「…と、とにかくあがってよ。寒いし。」
「うん。お邪魔します。」

 久しぶりに詰めた距離。それを感じたのか、明季の方が一瞬、表情が強張った。
 リビングに腰をおろすと、いい匂いが漂ってきた。

「味噌汁の匂いがする。」
「味噌汁は多く作ったからあるし、ご飯はあるけど…野菜炒めはあんまり量がないけど、それでよければ食べる?」
「食べる!」

 明季の手料理を食べるために来たわけではもちろんないけれど、それでもこんな幸運に喜ばずにはいられなかった。