朔と二人きりになり,
母の表情は,より穏やかに
なったような気がした。

「…驚いたわ…」

「え…?」

母親に言われた一言に,
朔はびっくりしていた。

「まずは…お礼を
 言わせてくださいね。
 陽和を選んでくれて…
 本当にありがとう」

「え…あの…」

朔は驚いて戸惑っていた。

「あのね…私,
 陽和が小学校に上がる直前に,
 陽和の父親と離婚したの」

「あ…ええ…」

「そのころ,陽和は,
 ずっと寂しがっていて…
 ちゃんと…小学校に
 通ってくれるのか…
 すごく心配だったの」

「…そう…だったんですね」

「でもね,幸いお友達…
 えっと美咲ちゃんとか,
 公ちゃんとか…今でも
 仲良しなのよね?」

「ええ…」

朔は,思いがけない名前に
顔がほころんだ。

「でも,陽和の口から…
 一番よく聞いたのは…
 …あなただったのよ。
 『朔ちゃん』」

「え…ぼ…僕…ですか?」

朔は驚いた表情をした。

「ええ…さっき,あんなこと
 言ったけど,別に
 陽和はあなたのこと
 『好き』だなんて,
 私にははっきりとは
 言わなかったのよ」

朔は陽和の性格を考えると
そうだろうなと納得していた。

「でもね,本当に
 毎日のように,
 あなたのことを話してて…」

母親はクスッと懐かしそうに
笑った。

「きっと,陽和の中で
 あなたは,ヒーローだった
 のよ…」

「ヒーロー…?」

「ええ。
 いつも,陽和のこと,
 助けてくれて…
 本当にありがとう」

「え…僕は…」

朔は,苦笑しながら答える。

「ただ…ただ…
 好きだったんです…
 小さい頃も…ずっと…
 陽和さんのこと…」

「…まあ…」

母親は,クスッと笑った。

「だから,びっくりしたけど
 本当にうれしい…
 一生…陽和のこと
 守ってほしいなんて…
 おこがましいかも
 しれないけど…」

「…いえ…僕は…
 その…本当に,
 陽和さんのこと,
 守れるかどうかは…
 わからないですが…

 もしかしたら,守ってもらって
 いることだってたくさん
 あるのかもしれません。

 だけど,あの…
 一生…陽和さんのこと,
 守っていきたいと…
 思っています…」

そんな朔の覚悟の表情に,
母親は安堵していた。

「だけど…」

朔は…きちんと
正直に伝えるべきことは
伝えておかないといけないと
覚悟を決めた。

「僕は…その…関係としては
 甥っ子ですが…
 責任もって育てないといけない
 子どもがいます。

 それに…幼い頃も…
 陽和さんをひどく傷つけました。

 だから…僕には…
 本当は,陽和さんを幸せに
 するなんて言う権利,
 無いのかもしれない…」

「…高比良くん…」

「だけど…育ててくださった
 お母さんを前に,そんなこと
 言っていいのか…
 わからないですが…

 陽和さんは…僕にとっても
 由宇にとっても…
 どうしても…
 何があっても…
 必要な…人なんです。

 もう…彼女なしでは,
 僕たちは…
 この先の人生…
 考えられないんです…」

そういうと,朔は
感極まって,涙をこぼした。

「すみ…ません…
 情けない…男で…」

朔はぼそっとつぶやく。

 彼女の母親の前で
 涙を流すなんて…
 自分の情けなさに…
 恥ずかしくなる…。

「そんなこと…ないわよ…」

陽和の母親も,涙声で応える。

「高比良くんの…
 …思い…すごく…よく…
 わかったわ…。

 陽和のこと…
 …どうぞ…
 よろしくお願いします」

そういうと二人は握手を交わし,
にっこりと微笑みあった。