由宇が眠り始めて
10分ほど経ったころ,
朔が家に帰ってきた。

「ただいま…」

いつもなら,陽和か由宇の
どちらかが,玄関まで
迎えに来るのだけれど,
今日は,どちらも来なかったから
もう眠ってしまったのかと思って
朔はそーっと静かに,
部屋の中に入った。

陽和は,朔に気付かず,
由宇を抱っこしたまま
由宇の頭を撫でていた。

朔は,その様子を見て,一瞬驚く。

だけど,
そのときの,陽和と由宇の
表情を見て…朔は…
…あることを確信した。


 ああ…もう…
 俺を抜きにしたって,
 この2人には,
 新しい絆が…出来上がって
 いるんだな…

 俺は…

 由宇を幸せにするためにも
 陽和を幸せにするためにも…

 この…2人を…
 同時に…幸せにしないと
 いけない…義務がある。


 もう…陽和と由宇は…
 …家族…なんだな…。

「あ…朔ちゃん…
 お…おかえり…」

陽和は由宇を抱えたまま
首を後ろに向けて,
朔を見た。

「ああ…ただいま
 よくねむってるな,由宇」

「うん」

陽和はニコッと笑った。

朔は陽和に抱き付いている由宇を
そっと抱えて,
由宇のベッドに寝かせた。

そのとき…陽和の服が
由宇の涙でびしょびしょに
濡れていることを
朔は気づいていた。


由宇を寝かせた後,
陽和は,さっき作った
おでんを温めながら
由宇のことを話した。

「ふーん…そうか…
 やっぱり,由宇…
 思い出すこと…あるんだな…」

朔は切なそうな顔をして
ビールを一口飲む。

「前にも…あった?」

「ああ…そうだな,
 最近はあまりなかったけど…
 3歳くらいのころかな,
 そういうことがあった…な…」

「そっか…」

「陽和が近くにいたから,
 母親のこと,思い出したの
 かもな…」

「いや…そんなことは
 無いと思うよ…」

陽和は否定しつつも,
さっき,由宇に言われたことを
思い出していた。

「あのね…
 由宇ちゃんに…
 …どこにも行かないでって…
 …言われちゃった」

「え…なんだよ…
 由宇の方が俺より先に
 そんなこと言ったの?」

本気で張り合っている朔に
陽和はクスッと笑った。

「あのね…朔ちゃん…
 …私ね…」

そういうと,今度は
陽和が顔をくしゃっとゆがめて
涙をこらえながら話す。

「本当に…どこにも
 行きたくないと思った…」

「…陽和?」

「ずっと…由宇ちゃんと
 朔ちゃんのそばにいたいと…
 …本気で思ってる…」

「陽和…」

朔は,陽和のそばに寄り添い,
陽和を後ろから抱きしめた。

「俺も…陽和にずっと
 そばにいてほしい。

 一時も…離れたくないって
 本気で思ってる。

 たぶん…由宇も。

 …あのさ…」

「うん?」

朔は抱きしめる腕にさらに
力を込めた。

「一緒に…住まないか?
 ここで…」

「え…?」

「一緒に暮らそう…?
 陽和…」

陽和は,あふれる涙を
抑えきれないまま
コクリと頷いた。

「あの…朔ちゃん…」

「ん?」

「おでん…焦げちゃう…」

「あ…ごめん…」

朔はあわてて抱きしめていた
腕を離す。

陽和は,ガスのスイッチを
消した後,涙顔で
振り返って,ニッコリ笑った。

「ありがとう,朔ちゃん」

「…陽和…」

「不束者ですが
 よろしくお願いします」

そういって微笑む陽和は
眩しくてたまらなかった。

「ばか…」

そういうと,朔の瞳にも
涙がきらりと光った。