”お前、分かりやすい。”
どこからかここにいる筈のない上司の声が聞こえたようで、諦めを含んだ表情でイザークは肩を落とした。まさかこんな状況を非番の日まで体験することになるとは思うまい。声にならない落胆の悲鳴がイザークの中で発せられた。この気持ちをどう表現しようか。
「イザークさん?」
「…いや、ちょっと。」
「私…特別に観察力が鋭い訳じゃありませんよ?」
何となく自分の職業や所属を伏せていたかったのだろうかと心配になって一応シャディアは弁明をしておいた。貴方、わりと分かりやすい雰囲気を持っていますよと。
「ええ…よく上役に言われていることなのでお気遣いなく…。しかし貴女は十分に鋭い観察力をお持ちだということは伝えさせていただきたい。」
顔を上げてため息交じりの感想を告げると、遠慮なしにもう一息落胆の息も吐くことにした。
「隠さないといけない事でした?」
分かったとしてもあえて口にすることでもなかっただろうと、自分の無礼さが心配になって聞いてみたが、イザークは苦笑いに近いが微笑みを浮かべて首を横に振った。
「いや、特にそういう訳では…でも非番…休暇中ではあったもので。」
「…ということは。」
諦めのため息を一つこぼしてイザークは腹を括る意味での頷きをする。これは完敗だ。
「ご明察です。王国の騎士団所属です。」
「やっぱり。」
「はい。」
予測が確実なものとなった手ごたえからシャディアは何度か頷いてしまう。一方イザークは会話が終わった解放感でもあるのか、のそりと食事を再開した。やはり食べ方にも品がある、だから雑用とかではなく確かな地位を持っていそうだなとシャディアも予想したのだ。
しかし休みの日まで仕事の事を考えたくなかったのだろうか。イザークは皿の上にあったものを食べ終え、カップを飲み干してから改めてシャディアの方に意識も視線を向けた。
来る、気配で察してシャディアは背筋を伸ばした。
「先程の申し出ですが、貴女の警護を引き受けることは出来ません。」
「どうしてですか?」
「どうしてもです。」
落ち着いた声でゆっくりと、それでいて諭すように威圧も込めてイザークは語りかける。どうしても駄目なんだよと子供に言い聞かせるようにだ。
「でも非番が終わる前に王都に戻らなくてはいけないんですよね?同じ場所に向かうだったらいいじゃないですか。」
「いや、そうですけど…。」
「やっぱり行先は王都なんだ。」
強張った表情で言葉を飲み込むその姿はまさに図星を表している。勝算は無かったがかまをかけてみて正解だった、イザークの行先はシャディアの目指す王都で決定だ。内心はとても平常心ではいられないくらいに暴れまくっているのだが、それを見せたら負けに繋がってしまう。
「イザークさん。私には夢があるんです。その為に一人で村から出てきたんです。」
「…治安が悪いと思うのなら、今からでも村に帰ったらどうですか?」
「そんな事はもう頭にありません。一歩踏み出したんです。…私の夢は私のもの、誰にも奪われたくない。」
その言葉や声の強さ、それに比例するように机の上で組まれていたシャディアの手に力がこもる。それはシャディアの目にも言えることで、精一杯の本気をその目と言葉でイザークにぶつけた。これは勝負だ、シャディアは本能的にそう感じて挑んだ。頭を下げずにその目で訴える。
「お願いします。」
絶対に頷いてもらえるまで諦めるつもりは無い、全身でシャディアは戦いを挑んだのだ。
「私の警護をしてください。お願いします。」
もう一度、この思いを重ねてぶつけた。
「この先のギルドで用心棒を雇えるでしょう。そこまで案内します。」
「私はイザークさんにお願いしたいんです。」
「私は騎士団所属です。他の仕事を受けることは出来ない。」
「ならば私を囲ってください。」
断るからには正当な理由がある、そんな盾を構えていたイザークに平気でシャディアは乗り上げてくる。あまりに予想外な言葉でイザークの思考は再び固まった。
「はあ!?」
明らかに困っている、明らかに断る言葉を探している、しかしそんなものを跳ね返してやる気持ちでシャディアはイザークを見つめていた。
「私を追っていた男がギルドに先回りしているかもしれません。とても怖いです。」
「いや、まあ…それは。」
「よくも知らない人に悪戯をされるくらいなら、助けていただいた方にされた方が私も納得がいきます。」
「いや、そういう狙いがあって助けた訳では!」
「お願いです。イザークさんの帰路に同行させていただくだけでいいんです。」
暫くの間は困り切った顔で目を泳がせていたイザークも、やがて大きく首を捻ったかと思うと盛大なため息を吐いて項垂れてしまった。これはどういう心理なのだろう。頭をこれでもかと力強く掻いてはため息、掻いてはため息が繰り返される。
不安になりながらも顔を上げるのを待っていると、わりとすぐにイザークは頭を起こしてシャディアの目を捕らえた。しかしなかなか口を開かない。
「…あの?」
「同行を許可するだけです。」
言葉の意味をすぐに理解できず、シャディアは反応出来ないでいた。
「ただ付いてくるというだけなら。」
どこからかここにいる筈のない上司の声が聞こえたようで、諦めを含んだ表情でイザークは肩を落とした。まさかこんな状況を非番の日まで体験することになるとは思うまい。声にならない落胆の悲鳴がイザークの中で発せられた。この気持ちをどう表現しようか。
「イザークさん?」
「…いや、ちょっと。」
「私…特別に観察力が鋭い訳じゃありませんよ?」
何となく自分の職業や所属を伏せていたかったのだろうかと心配になって一応シャディアは弁明をしておいた。貴方、わりと分かりやすい雰囲気を持っていますよと。
「ええ…よく上役に言われていることなのでお気遣いなく…。しかし貴女は十分に鋭い観察力をお持ちだということは伝えさせていただきたい。」
顔を上げてため息交じりの感想を告げると、遠慮なしにもう一息落胆の息も吐くことにした。
「隠さないといけない事でした?」
分かったとしてもあえて口にすることでもなかっただろうと、自分の無礼さが心配になって聞いてみたが、イザークは苦笑いに近いが微笑みを浮かべて首を横に振った。
「いや、特にそういう訳では…でも非番…休暇中ではあったもので。」
「…ということは。」
諦めのため息を一つこぼしてイザークは腹を括る意味での頷きをする。これは完敗だ。
「ご明察です。王国の騎士団所属です。」
「やっぱり。」
「はい。」
予測が確実なものとなった手ごたえからシャディアは何度か頷いてしまう。一方イザークは会話が終わった解放感でもあるのか、のそりと食事を再開した。やはり食べ方にも品がある、だから雑用とかではなく確かな地位を持っていそうだなとシャディアも予想したのだ。
しかし休みの日まで仕事の事を考えたくなかったのだろうか。イザークは皿の上にあったものを食べ終え、カップを飲み干してから改めてシャディアの方に意識も視線を向けた。
来る、気配で察してシャディアは背筋を伸ばした。
「先程の申し出ですが、貴女の警護を引き受けることは出来ません。」
「どうしてですか?」
「どうしてもです。」
落ち着いた声でゆっくりと、それでいて諭すように威圧も込めてイザークは語りかける。どうしても駄目なんだよと子供に言い聞かせるようにだ。
「でも非番が終わる前に王都に戻らなくてはいけないんですよね?同じ場所に向かうだったらいいじゃないですか。」
「いや、そうですけど…。」
「やっぱり行先は王都なんだ。」
強張った表情で言葉を飲み込むその姿はまさに図星を表している。勝算は無かったがかまをかけてみて正解だった、イザークの行先はシャディアの目指す王都で決定だ。内心はとても平常心ではいられないくらいに暴れまくっているのだが、それを見せたら負けに繋がってしまう。
「イザークさん。私には夢があるんです。その為に一人で村から出てきたんです。」
「…治安が悪いと思うのなら、今からでも村に帰ったらどうですか?」
「そんな事はもう頭にありません。一歩踏み出したんです。…私の夢は私のもの、誰にも奪われたくない。」
その言葉や声の強さ、それに比例するように机の上で組まれていたシャディアの手に力がこもる。それはシャディアの目にも言えることで、精一杯の本気をその目と言葉でイザークにぶつけた。これは勝負だ、シャディアは本能的にそう感じて挑んだ。頭を下げずにその目で訴える。
「お願いします。」
絶対に頷いてもらえるまで諦めるつもりは無い、全身でシャディアは戦いを挑んだのだ。
「私の警護をしてください。お願いします。」
もう一度、この思いを重ねてぶつけた。
「この先のギルドで用心棒を雇えるでしょう。そこまで案内します。」
「私はイザークさんにお願いしたいんです。」
「私は騎士団所属です。他の仕事を受けることは出来ない。」
「ならば私を囲ってください。」
断るからには正当な理由がある、そんな盾を構えていたイザークに平気でシャディアは乗り上げてくる。あまりに予想外な言葉でイザークの思考は再び固まった。
「はあ!?」
明らかに困っている、明らかに断る言葉を探している、しかしそんなものを跳ね返してやる気持ちでシャディアはイザークを見つめていた。
「私を追っていた男がギルドに先回りしているかもしれません。とても怖いです。」
「いや、まあ…それは。」
「よくも知らない人に悪戯をされるくらいなら、助けていただいた方にされた方が私も納得がいきます。」
「いや、そういう狙いがあって助けた訳では!」
「お願いです。イザークさんの帰路に同行させていただくだけでいいんです。」
暫くの間は困り切った顔で目を泳がせていたイザークも、やがて大きく首を捻ったかと思うと盛大なため息を吐いて項垂れてしまった。これはどういう心理なのだろう。頭をこれでもかと力強く掻いてはため息、掻いてはため息が繰り返される。
不安になりながらも顔を上げるのを待っていると、わりとすぐにイザークは頭を起こしてシャディアの目を捕らえた。しかしなかなか口を開かない。
「…あの?」
「同行を許可するだけです。」
言葉の意味をすぐに理解できず、シャディアは反応出来ないでいた。
「ただ付いてくるというだけなら。」