そこにあったのは木目調の弦楽器、朱色や藍色で所々に模様が描かれたものだ。よく見るものと少しだけ雰囲気が違うようだが、残念ながらイザークにはそれ以上のことは分からない。

それがしっかりと顔に出ていたようで、眉間にシワを寄せ精一杯目を凝らして価値を探ってみるものの難しかった。

「ドーラと言います。」
「…すみません、私はどうも疎くて…。」

正直に打ち明けて項垂れる。それでもと頭を掻きながらまた目を向けてみるものの、それはやはり楽器という枠を越えて読み取れるものはなかった。教養のなさがここに出るのかと口からこぼれてしまうが本人は気づいていないらしい。思いがけないイザークの姿にシャディアはたまらず笑ってしまった。

「…お恥ずかしい。」
「いいえ。楽器だということさえ分かってもらえたら。」
「さすがにそれは分かります。」

仕切り直す様に食べ物を口に運び続けるイザークが可愛らしくて仕方ない。控えめにとは思うが、どうにも楽しくてシャディアは笑いが止まらなかった。こんなに笑ったのはいつ以来だろう。

「騎士さまって少し近寄り堅い印象でしたが、イザークさん見てるとそうでもないのかと感じました。」
「…っぐ!」

楽器に布をかけなおすとシャディアは緊張を解いたように大きく息と言葉を吐いた。それとは対称にシャディアの言葉によってイザークは身体を固くし喉を詰まらせてしまう。

「大丈夫ですか?」

胸を何度も高速で叩いて水を一気飲みしてやり過ごしたが、先ほどの衝撃はやり過ごせなかったようだ。

「し…失礼。あの、どうして?」
「はい?」
「いや、さっき、騎士とか何とか。」
「え?イザークさんって騎士さまですよね?」
「はいっ?!」

どこから出したのか、先ほどまでのイザークからはおおよそ予想もつかない間抜けた声が聞こえてくる。これはどう対応したものかと疑問が過ったが、それよりも先に生まれた答えがシャディアの口から考えなしに飛び出してしまった。

「だって腰に剣を装備してるし、雰囲気からして明らかにそれっぽい。ここにも詳しそうなので…丘の上の基地に所属なのかと思ったのですが…違いましたか?」

切り出したはいいものの、次第に語尾が弱くなってしまうのは目の前の人物の様子がおかしいと感じたからだと思う。流れて出てきた予想は自己紹介を他人にされているような気分でイザークは居心地が悪くなった。

「…この街には初めてだと…。」
「はい。まだ一日も経っておりません。」

この地に来たばかりなのに、よくそこまで周りを記憶することができるなと感心さえするほどだ。旅慣れているからだろうか。さっきも袋にぶつかったことや中身を予測したことを思い返しても観察力が人よりは優れているような気がする。そんな考えを巡らせながらイザークは目の前の女性をまじまじと眺めた。

「…私は基地所属の騎士ではありません。」
「そうですか…。」
「残念ながら。」

予想を否定するイザークの答えにシャディアは肩をすくめて本当に残念だと眉を下げた。あの鋭い目は戦いをしている人の目だと思ったのに。本当に違ったのか、あえて隠しておきたいのか、曖昧にしておきたいのか、とにかくこれ以上は続けたくない話のようだ。

人当たりのよさそうな雰囲気を醸し出しつつもそこまで人を寄せ付けない絶妙な空気を持っている。少しの答え合わせをした今、改めてイザークという人物について考えてみた。最初はただ非番の騎士さまがたまたま居合わせた困っている旅人に親切にしてくれているのだろうと思っていた。この街の治安のことも合わせて考えたらそうだろうとも。

イザークは親切だ、とても。しかし親切にも一線を引いているようで肩入れはしないのだと思う。それは騎士である職業故だと考えていた、この先の親身になる役割は街の警吏隊だからなのだろうと。

「警吏隊の方ですか?」
「いえ。…私はこの街の住民ではないので。」
「え?」

これはまた意外な答えにシャディアは更にイザークに興味がわいた。騎士でも警吏隊でもないなら彼は一体どういう人なのだろうか。どう見ても品はある、ただの一般市民というには無理があるだろう。彼自身は貴族や位の高い人物ではないのか、もしかしたら彼の周りには多いのかもしれない。

でもそれってどういう立場になるのだろう、そこまで考えてシャディアは考えが深みに嵌ってしまった。それは少し自分本位な企みだった。