「少し尋ねても?」
「はい、何でしょう。」
「…先程は追われていた様でしたけど。」
「え?ああ…よく分からない言いがかりを受けて。お酒でも入っていたんでしょうかね?あの人、急に演奏をやめろと叫び出したかと思えばこの子を奪おうとしてきたので慌てて逃げたんです。」

この子、そう言いながらシャディアが触れたのは間違いなくその楽器で。その仕草や言い方でシャディアがどれだけ楽器を大切にしているかイザークに伝わってきた。楽器を包む布から出た紐は常に自分の手首にかけられていて片時も離さないように工夫されている。シャディアにとって大事なものであることは明白だ。

「本当…無事でよかった。」

そう呟いた声はとても小さかったけどイザークの耳にも届いた。次第に目が曇っていくのをイザークは見逃さない。シャディアの中で渦巻く感情は綺麗なものではなかった。

本当にあの時はどうなるかと不安や恐怖でいっぱいだった、そして少し離れた今もまだその余韻はある。やはりどう考えても何が原因かは分からなくて、何でもないようにイザークには吐き捨てたが、その実本当に怖かったのだ。街並みも空気も人々の雰囲気も温かくて気に入っていたのに。

「来たばかりですけど、揉め事が起きた以上もうこの街には居られませんね。」

せめて名物食べられて良かったです、そう続けて寂し気に肩を竦めるシャディアにイザークの眉が寄って目を細めた。

「失礼ですけど…どうして旅を?」
「あー…えっと、まあ思うところ?がありまして。」

先程までとは一変、急に目を泳がせシャディアは明らかな動揺をみせて言葉を濁す。少し引きつった笑みを浮かべて忙しなく食事に気持ちを切り替えたようだ。聞かれてはいけないのだろうか、うっかり踏み込んでしまったとイザークは申し訳なく思った。

女性のあれやこれやを聞き出すなんて、あの人たちに知られたら何を言われるか分からない。ほんの少しかいた冷や汗を無かったことにするようにテーブルの上を見渡した。

「これも美味しいですよ。」

まだシャディアが手をつけていない料理を差し出して話題をかえるしかない。そして自分の分も皿にとって食事を進めていく。

「…ありがとうございます。」

そんなイザークの振るまいに瞬きを重ねてシャディアは小さくお礼を口にした。気持ちを汲んでくれたのだろうか、そんな気がして申し訳なく思った時だった。

「いらっしゃーい!」

来客を歓迎する声と共に鋭い顔つきになってイザークは入口に視線を送る。僅かな時間だったが、すぐにその厳しさを解いてまたシャディアとの食事に意識を戻したようだ。シャディアはイザークという人物にただただ感心してしまった。

「イザークさんはとても優しい人ですね。」
「…はい?」
「今も私の身を案じてくれているんですよね?ありがとうございます。」
「あ、いえ。」

素直に感謝を伝えれば、イザークは当然の事だと言わんばかりに制してきたのでシャディアは少し申し訳なく感じた。それと同時にシャディアが抱えていた違和感に近い疑問のようなものを口にしてしまう。

「私、実は村を飛び出して旅に出たんですけど…想像以上に治安が悪くて驚いているんです。街の人は慣れているのでしょうかね…私が知らなさすぎるのかな。」

最初こそ自分に向けられた言葉だったが、少しずつ独り言に変わりどんな立ち位置で聞いていいものかイザークは困ってしまった。彼にとってそれは聞いてほしかったのか、胸の内で留められず口から零れてしまったのかは分からない。

しかし気になる部分を見付けてしまった以上、念のために聞くことにしようとイザークは口を開いた。

「治安が悪いというのは…さっきの事ですか?」
「はい。少し前の街でも同じような事があったので二度目です。」
「二度目?」
「ええ。楽器を持ってると狙われるのでしょうか?」

そう言いながら楽器に触れるシャディアにつられてイザークも楽器をくるんである荷物に視線を向けた。

「いや…そんな事は…。」

そこまで口にしたがふと疑問が浮かんで言葉を変える。

「…それは高価な楽器ですか?」
「この子がですか?いいえ、私の手作りなので。」
「手作り!?」
「ご覧になりますか?」

そう言いながらシャディアはイザークが頷く前にはらりと布を部分的に開いて見せた。