「うわ…美味しそう!」

目の前に並べられた食事を見つめてシャディアは感嘆の声を上げた。それぞれが競い合うように自慢の香りで全力でシャディアの食欲を揺さぶってくる。思えば盛大に空腹の鐘を鳴らす位エネルギーが底を付いていたのだ。

ふわふわと揺らぐ湯気の効果もあってか出されたばかりの料理が2割増しに輝いて見えた。ああもう、すぐにでも頬張りたい。と顔に書いてある事に本人は気付いていないようだ。

「この街の名物料理だそうです。香辛料が効いていて食が進みますよ。」

食い入るように料理を見つめるシャディアはその声を聞いて一瞬忘れかけていたイザークの存在を思い出した。そうだった、人前なのだと醜態をさらした自分に後悔する。

よだれは垂らしていなかっただろうかと、さりげなく口元に手を当てて確認をしながら姿勢を正して向き合った。

「あの、何から何までありがとうございました。治療所まで連れて行っていただいて。」
「いえ、軽傷で良かったですね。」
「おかげさまで。」

自分から誘った食事だったが、あの後上手い具合に流されてまず先にと治療所に連れて行かれたのだ。確かに歩くのも辛かった足は治療のおかげで少し痛む程度に治まってくれている。

「冷めないうちに。」

恥ずかしそうに頭を下げるシャディアに向けてイザークは食べる様に手を差し出して促した。ゆっくりと顔を上げて改めて目の前に座る人物の顔を見つめる。

なんて整った顔立ちなんだろうか。美しいという程に豪華ではないが、精悍な顔つきは強さも潔さも感じさせて逞しさを覚えた。知り合って間もないからか表情はそれほど豊かに見せてはくれないが、怖さのようなものは感じない。だがイザークからは人に安心感を与える様な懐の広さを感じるのだ。

「…いただきます。」

穴場だという少し奥に入った所に構えたこの食堂はお昼時で賑わってはいるが、回転がいいようですぐに席に通して貰えた。イザークに促されるまま席に着いたが、壁があって入り口からは死角になる場所にシャディアを位置して自分が出入りする人を監視しているようしたと少しして気が付いた。

それは治療所にいた時も感じていたことだった。診察の合間、ちらりとイザークの方を見れば彼は周囲に目を光らせるように遠くを見ていたから。ただその場に居合わせて助けただけの縁なのにイザークはとてもよくしてくれている。こちらの理由も聞かずに、ただシャディアの身だけを案じて動いてくれている。

「美味しい!」

そんな事を考えながらも口にした料理の美味しさに思わず目を見開き、素直な感想がシャディアの口からこぼれた。

「これ、すっごく美味しいです!」

今食べたものを何度も指してこの感動を必死にイザークへ伝える。イザークはそれに応えるように微笑んで何回か頷いた。大人な対応だ、イザークの仕草に自分の幼さを気付かされてなんだか恥ずかしくなった。軽く咳払いをして気持ちおしとやかに次の料理を口に運ぶ。

「良かった。この地は初めてと言ってましたけど、旅か何かですか?」
「ええ。音を響かせながら。」
「音?ああ、その大きな荷物は楽器でしたか。」

シャディアの傍に常にある大きな布に包まれた荷物を見てイザークは成程と何度も頷いた。頷くのは癖だろうか、小刻みな動きが可愛くて少し笑ってしまう。

「楽器は無事でした?」
「はい。先ほど確認しました。本当にありがとうございます。」
「いえ。…この街に来たのは演奏の為に?」
「この街を目指していた訳じゃないので…特にそういった目的ではないんですけど、立ち寄った街では場所を借りて奏でるんです。そうやって稼いで旅を続けています。」

布にくるまれたままの楽器を一撫ですると、シャディアはまた一口ご馳走を頬張った。香辛料の加減が実に自分好みで、最高の時間だと気分よくどんどん食が進む。
満足そうに食べ進めるシャディアに微笑みつつ、イザークは少し間をおいてシャディアに尋ねた。

やはりどうしてもイザークは気になって聞かずにはいられないのだ。