熱を帯びたイザークの視線がシャディアを射抜いたまま逃してはくれない。最初は呆然としていたシャディアも次第に顔を真っ赤にして視線を泳がせた。しかしそれだけ逃げようと思っても結局はイザークの視線にまた掴まってしまう。

「まだ居場所を見付けたというだけで、後継者のことが問題点として残っているだろうが…相手は貴族の子息方の中から探すつもりか?」
「え…いや、その。」
「俺もその候補の中に入れて欲しいんだが。」

そう言って掴んでいたシャディアの手を離さないまま、イザークは更に一歩踏み込んでシャディアの腰に手を当て引き寄せた。

「…えっ!?」

驚きの声が聞こえたとともにシャディアの身体がイザークの腕の中で跳ねる。その感覚が己の衝動を呼び起こしそうで、イザークは食いしばって耐えた。しかし逃しきれない感情がある。イザークは熱いため息を吐きながらシャディアの方に額を当てて抑えようとした。

「い、イザー…。」
「…シャディア。」

ただ名前を呼ばれただけ、それなのにシャディアの全身を打つような衝撃を受けて彼女はたまらず膝から崩れ落ちた。イザークは慌てて腕に力を入れて彼女を支えたため、少し体勢を崩しただけ程度に収まる。

「シャディア!?」
「ちょ…ちょっと、混乱しちゃって。」

イザークが顔を覗き込めばシャディアはこれ以上にないくらい真っ赤になっていた。目は潤み、唇は微かに震えている。イザークはその瞬間に我に返りシャディアを怖がらせてしまったのだと悟った。

「悪い!怖がらせるつもりは…っ!」
「ち、違う…。」

慌てて距離をとろうとするイザークの腕に触れてシャディアが否定する。そして触れた手に力を込めてシャディアはそのままイザークの服を掴んだ。

「なんか身体がぶわって…なっちゃって…。イザークさんが怖かった訳じゃないの。」
「…え。」

言葉の意味をイザークも、そしてシャディア自身も理解して二人はさらに顔を赤くして言葉を失ってしまった。しばらく互いに次の言葉を探す時間が流れる。

やがて室内から人の騒めきの向こうの音楽が聞こえてきた。会場はまだまだダンスの時間を楽しむようだ。

「シャディア、改めて言わせて欲しい。」

シャディアを支える手はそのままに、イザークはシャディアと少し距離を取って彼女と向き合った。緊張から震える深呼吸をすると意を決して口を開く。

「この先の未来、一番近くでシャディアを守らせて欲しい。その権利を貰えないだろうか。」
「…え?」
「一人の男として…この先もずっときみの傍に居たい。」

イザークの低く心地よい声がシャディアを優しく包んでいく感覚、それは彼女自身も求めていたもので苦しくなる。心臓が駆けだし呼吸が追い付かなくなるようだ。

「私も…イザークさんの傍にいたい。」
「うん。」
「でも、私は貰ってばかりで何も返せるものが…っ。」
「じゃあ話をしよう。」

突然の提案に俯きかかっていたシャディアの顔が導かれて上を向く。そこには今までで一番優しい表情のイザークが待っていた。

「これまでの様に言葉を交わそう。俺はシャディアがくれる言葉に前を向く力をもらった。世界が広がった。直向きな姿に胸を打たれた。きみがくれるものは計り知れない。」
「イザークさん…。」
「シャディアがいい。だから…手を取ってくれないか?」

シャディアを支えていた手をするりと放して反対の手を差し出す。それはイザークの手を取る意味をより鮮明に表すものだった。その手を、真っ直ぐに求めてくる目を交互に見つめてシャディアは心を震わせる。そしてゆっくりとイザークの差し出された手の上にシャディアは自身の手を重ねた。

「…はい。よろしくお願いします、イザークさん。」

そして今度はシャディアからイザークの胸に飛び込んだ。イザークもそれに応えるように彼女の背中に手を回して抱き寄せる。

「抜け出すか。」
「え!?」
「エリアス様はもう自由にしていいと許可をくださった。」
「え?でも…。」
「選んでくれ。俺と来るか、夜会に戻るか。」

抱き合ったままの会話ではお互いの表情は見えない。それでも声に含まれる色がイザークの感情を表していると思うとシャディアの気持ちがくすぐったくなった。抱き寄せるイザークの腕に力が籠る。

「…イザークさんと行く。」
「…決まりだ。」

そう言うなりイザークはその場でシャディアを抱きあげ、軽々とバルコニーから飛び降りて逃げ出した。あまりの素早さと衝撃に声にならない悲鳴をシャディアは飲み込んで身を固くする。

我に返って顔を上げればイザークの肩越しにさっきまで居たバルコニーが遠ざかっていくのが見えた。

「ね、ねえ!本当に抜け出して大丈夫だったの!?」
「どうだろう。やったことはないな。」
「ちょっと!やっぱり戻らないと!早く戻って!」
「わっ!ちょっとあぶな!」

視界を奪われたイザークは体勢を崩して倒れてしまった。それでもシャディアだけは離すまいとイザークがしりもちをついたような形だ。広い庭を突き抜ける途中、誰もいない庭でお互い見合ってどちらともなく笑いあった。

「やっぱりイザークさんて楽しい。」

その言葉、その表情に理性を失ったイザークは何も言わず彼女の頬に手を添えてシャディアの唇を奪う。綴じていた目を開け、シャディアの顔を見れば真っ赤な顔をして驚いている彼女がいた。

「い…イザー…んっ!」

気持ちの治まらないイザークはもう一度シャディアに口付ける。今度は角度を変えて、少し離してはまた角度を変えて、下唇を甘噛みしては舐めてまた口付けを繰り返した。唇を重ねる音、小さく漏れるシャディアの声、その全てがイザークの何かを奪っていく。

いつしか縋る様にイザークの服を掴んでいたシャディアも、もっとイザークを求めるように彼の首に両手を回して受け入れていた。互いの熱が落ち着くまでそれはずっと続く。

「…はあ…はあ。」

ようやく止めることが出来た二人は額を合わせてお互いの呼吸を整えた。それでも足りない、まだ足りないと身体が叫んでいるのを感じる。俯いた視線の先にはイザークがシャディアに送ったネックレスが輝いていた。まるでそれに引き寄せられるようにイザークはネックレスに口付ける。

「んんっ!」

思わぬ刺激がシャディアの身体を跳ねさせる。イザークの唇の感触がネックレスだけでなくシャディアの胸元にも伝わって全身が熱くなった。

「シャディア…触れても?」

真っ直ぐに向けられた強い視線に思わず目を逸らしたシャディアだったが、戸惑いながらももう一度視線を合わせてくる。

「…そ、外じゃ嫌です!イザークさんて、そういうのが趣味だったの!?」
「ち、違う!!」
「だって、いま!…そのっ。」
「じゃあ…シャディアはどこがいいんだ?」

シャディアが怯んだことに気付いたイザークはすぐに仕掛けた。その問いかけは想定外だったようでシャディアは息を飲む。シャディアの頬に添えていた手で頬を撫でてやれば、彼女が身体を硬直させたのが伝わってきた。その反応が愛おしくて思わず笑みがこぼれる、するとシャディアも照れくさそうに微笑んだ。

2人は立ち上がり手を繋いで歩き始める。指を絡めて、お互いの存在をより近づけるようにしっかりと握りあった。夜会の音楽はここまで聞こえてくるようだ。

「イザークさん、踊ろう!」
「え、うわっ!」

いつかの夜の様に、でもあの時よりも互いを感じながら、月夜の下で二人は音楽に身を委ねた。



全てを包み込む優しい月明かりの下、二人は深い口付けを交わして互いを認め求めあった。