シャディアの披露目の夜会が王室主催で開かれることになった。

とはいえ、一応名目は定期的な貴族の交流の夜会ということになるが間違いなく今回の注目はシャディアだろう。途絶えてしまったと思われたリリー一族の生き残り、伝統として宮廷に受け継がれてきた音楽が復活するという事は大々的にはしていないものの既に知られているらしい。

夜会の話はシャディアが国王、王妃を含む王族たちとの謁見が許された日に聞かされた。それも国王から直々の言葉だった。第三王子だというエリアスの事を信じていなかった訳ではなかったが、いざ王族然たる衣装を身にまとい王家の一員として並ぶ姿を見た時は本物だったと呟いてしまったシャディアだ。

読唇術なのか声がそのまま聞こえたのか、シャディアが呟いたあとエリアスはうっすらと目を細めイザークは顔を青くした。イザークが特別に同席を許されたのはエリアスの配慮だった。

「聞かせてくれないか。」

国王の声に促され、シャディアは横に寝かせておいたドーラを見つめた。不安になりエリアスを横目で見れば笑みを浮かべて頷く。このまま演奏していい、そう許可を貰ったと判断したシャディアは深々と頭を下げた。

「御前を失礼いたします。」

そう断りを入れて礼を取っていた姿勢を崩し、いつもの演奏をする座り方に変える。王室の人間はこれまでにも見たことがあるのだろう、誰もそれに対して動じることは無くただ見守っていた。慣れた手つきでドーラを本来の姿に整え、弦を指で弾いて音の響きを確認する。

ここは思ったよりも音が籠って響くのだ、そう音の反響で理解したシャディアは弦の張りを少し変えてもう一度指で弾いて音を響かせた。この動きに見覚えがあるのか国王と王妃が懐かしそうに目を細めていることをシャディアは知らない。

シャディアが口を開け、喉の奥から震わせた声を奏で始めた。これはあの時エリアスに自分を認めてもらう為に弾いた曲と同じだ。しかしあの時とは違う深みがある声、重なる音にエリアスもイザークも目を見開いて驚いた。

ただ一音、ただ一字、シャディアの声が発するものはそんなシンプルなものであるのになぜか彼女は幾重にも音を鳴らして壮大な音楽を奏であげるのだ。謁見の間はシャディアの音楽に包まれた。シャディアの声に導かれて競い合う様に音が重なり離れてはまた結ばれる繰り返しを追いかける。

彼女の音は最後の一音まで人々を魅了して閉じた。

「…戦勝歌にございます。」

シャディアの声が終わりを告げる。まもなく国王を始めとした王族からの称賛の拍手が鳴り響いた。

「見事だ!間違いなくリリーの音楽!!」
「素晴らしい。聞かせてくれてありがとう、シャディア。」

それぞれに興奮気味に感想が贈られてくる。拍手の先にいるシャディアはまた礼を取る体勢に戻し深々と頭を下げた。その横顔は誇らしげに笑みを浮かべている。

そして僅かに首を傾け視線をイザークの方に送って来た。イザークと目が合えばシャディアは笑みを深めて口角を上げる、その表情にイザークも同じ様に気持ちを高めて頷いて答えた。それだけで通じるものがある。

謁見の場にて国王は謝罪をしなかった。それは許されることではないからだと事前に聞かされていたのでシャディアもそのつもりでいた。寄り添う言葉と里を襲った賊の捜査を約束してくれたことにシャディアは感謝をしたのだ。シャディアが城に来た経緯は既に知らされており、心を痛めていた王妃はシャディアの傍まで来て彼女を抱きしめた。

無事でいてくれてありがとう、その言葉にシャディアの心が震え涙を浮かべた姿をイザークは静かに見守っていた。

「シャディア、貴女を迎える為の夜会を開きましょう。ぜひその腕前を皆の前で披露して頂戴。」
「…夜会、ですか。」
「ああ。其方を宮廷音楽家として迎えよう。」

王妃からの提案、そして国王からの歓迎にシャディアは言葉を詰まらせる。反射的にイザークの方を振り向けば笑顔で頷く彼にシャディアは更に胸を高鳴らせた。

「…っありがとうございます!」

その後夜会の日程を知らされ、今日ついにその日を迎えたという事だ。


「…緊張する。」

夜の帳が下りた頃、淡いランプの灯りに彩られた夜会が賑やかさを増していく。国中の貴族が次々と王城に到着し、場内の裏側も慌ただしくなった。シャディアの出番は半ばあたりだと言われている。

宮廷楽団の音楽に合わせてダンスを楽しむ人々をシャディアはカーテンの奥からひっそりと眺めていた。そしてまた零すのだ。

「…緊張する…。」

カーテンにしがみ付くように硬く握られた手はもはや体温が存在しないかのように冷たい。呼吸も震えている。身体は固まって動かないのに視線はずっと忙しなく動いていた。ここにいるのは全員貴族、位の高い人間の集まりにシャディアはますます委縮していった。

「…こんな人たちの前で演奏したいだなんて…よく言ったな、昔の私…。」

今だったら恐れ多くてそんなの口に出せそうにない。無知だからこその勢い、執念からの勢い、生活が落ち着いた今では考えられない思考だった。でも、胸元で光る飾りに手を当てて深呼吸をした。

「大丈夫、私なら出来る。」

そう口にした時、会場で談笑するエリアスの姿を見つけた。しかしシャディアの目にはエリアスよりもその傍で控えるイザークの方に釘付けになる。今日初めて見たイザークの正装にシャディアは頬を赤らめた。

シャディアが今日の衣装を身に着ける時、手伝いをしてくれた女官からこう言われたのを思い出した。衣装は王妃から、そして首の飾りはイザークが用意をしてくれたものだと。その話を聞いた時からシャディアの心臓がずっと落ち着かないのだ。首飾りの入った箱には小さなカードが添えられていた。

“成功を祈る”

「シャディアさん、出番ですよ。」
「は、はい!」

会場から声を掛けられシャディアはドーラを手にして歩き出す。ここから始まるのだ、そう自分に気合を入れて顎を引いた。

「…いけ、シャディア!」

シャディアは力強く足を進め光の中へと挑んで行った。