馬に乗っている間もシャディアは言葉なく、毛布から出した手でずっとイザークに抱き着いたまま離れようとはしなかった。そんなシャディアの様子を誰も何も言うことは無かった。

途中の砦で休む事も提案されたが、その場所はシャディアが攫われた場所でもあるという事でそのまま城へ向かう事になったのだ。眠っているのかそうでないのか、ずっとイザークの胸に顔を埋めているシャディアの様子が分からない。

やがて城に着き、シャディアはイザークに抱きかかえられたまま客室に通された。事が事なだけにシャディアの事を思えばエリアスも何も言えなかったのだろう、言葉少なく客室を使ってくれとだけ残して明日また改めることにした。

「イザーク、こちらの事は任せて…シャディアどのを頼んだぞ。」
「はい、ありがとうございます。」

シャディアの服は盗賊によってぼろぼろにされたままだった。さすがにそれでは辛いだろうとエリアスの手配により女官が着替えを用意し手伝おうとしたが、シャディアは首を横に振ってイザークから離れようとはしなかった。必死にイザークを掴むその手首は手錠をされた状態で抵抗した後がはっきりと残されている。

その怪我を見た女官はそれ以上何も言えずに、何かあれば呼び鈴を鳴らして欲しいとだけ告げて部屋を後にした。誰もが彼女の事を心配していた。

「シャディア…今日はもう休もう。」

いつまでもシャディアを抱えている訳にはいかない。ベッドに寝かせようとしてもシャディアはイザークの服を掴んでイザークが距離を取ることを拒んだ。

「…シャディア、これだと休めないだろ?」

横になりながらも必死で掴むシャディアの手は震えていた。シャディアの事を考えればしっかり休ませた方がいい。本当ならすぐにでも風呂に入り傷の手当てをして清潔な服に着替えさせてあげたかった。でも彼女は今それを望んではいないのだ。

「…シャディア。」
「…離れていかないで。傍にいて。」

消えそうな声が切実にイザークを求めている。毛布に包まれる前のシャディアの様子を見ているイザークには彼女の恐怖が計り知れないものだったと分かっていた。そんな状況に彼女を置いてしまったのは自分の責任であるとも思っていたのだ。

痛々しい程に赤くなった彼女の手首がイザークの胸を締め付けた。

「…分かった。傍にいる。」

そう答えるとイザークはシャディアの手を優しく包んで彼女の隣に横になった。そして抱きしめるようにして身体を引き寄せる。

「ここにいるから、今日はもう休もう。」

イザークの胸に顔を当てるような形で声をかけられた。頭の上からもイザークの身体に響く音からも聞こえて一気に安心に包まれる。イザークの手が優しくシャディアの頭を撫でて心地よかった。

柔らかいベッドと、イザークの温もりが少しずつシャディアを癒していくのが分かる。やがて必死に掴んでいた手が緩んで力なくイザークから離れていった。イザークはそれを気配で感じながらシャディアの頭を撫で続けてやる。

少しずつ腕の中で身体の力を抜いていくシャディア、彼女の寝息が聞こえてようやくシャディアが恐怖から解き放たれたことを知った。寝息が聞こえてもイザークは彼女の頭を撫で続ける。次第にイザークの目頭が熱くなり、彼の目に涙が浮かんだ。

イザークも怖かった。具体的には言えない、それでもただシャディアの身に危険が迫っているというだけでどうしようもなく怖かったのだ。今こうやって自分の腕の中で安心して眠ってくれていることがこんなにも嬉しくて心の震えが止まらない。

「…シャディア。」

彼女の頭に口付けてイザークはその恐怖を嚙み殺した。シャディアの髪にはイザークが贈ったリボンがまだ結われている。そのリボンに触れてイザークは祈る様に彼女を抱きしめた。




翌朝、先に目を覚ましたのはシャディアだった。最初は目の前に男の人の身体があって恐怖を感じ身体が跳ねる、しかしそれがイザークだと気付いて今度は驚きで身体が跳ねた。しっかりとイザークに抱きしめられる形で眠っていた状況に頭が追い付かなかったのだ。

しかし一呼吸置けばすぐに自分の身に何があったのかを思い出してまた身体が震えた。視線を下げればその事実を伝えるようにボロボロになった自分の服が見える。両手首の怪我もそれを物語っていた。そして何より身体中が痛くて重かった。

「…生きてる。」

そう呟いたシャディアの声に反応してイザークがうっすらと目を開ける。

「…あ。」

寝起きのイザークはぼんやりとしながらシャディアを見つめて瞬きを重ねた。その仕草に色気を感じてシャディアの顔が真っ赤に染まる。そんなシャディアの様子にイザークはふわりと笑みを浮かべた。

「い、イザークさん…?」
「おはよう…シャディア。」

イザークの優しい声がシャディアの耳に心地よく響く。すこしずつ時間が経つにつれてじわじわとその安らぎに胸が熱くなった。やがてシャディアの目に涙が浮かんで視界を歪ませる。

それでもイザークは優しい笑顔でシャディアを見つめてくれていた。

「おはよう…イザークさん。」

昨日拭いきれなかった涙の痕を伝う様に新しい涙が流れる。これは安堵の涙だ、そう思うだけでシャディアはさらに泣きたくなった。痛みが残る両手を自分の胸元に引き寄せ、シャディアはイザークの胸に額をくっつけた。

イザークの元に帰ってこれた、その幸せを嚙みしめてシャディアはゆっくりと瞼を閉じたのだ。