時間が経つにつれてそれぞれの感情が落ち着いていくのが分かる。長い沈黙が続いた後、最初に言葉を発したのはエリアスだった。

「もう一度確認させて欲しい。シャディアどのが見たのは騎士団の紋章だったのだな?」
「…はい。袖に大きな刺繍がありました。その模様を覚えていたというよりかは、服装を覚えていました。数日後に騎士団の人たちが村を確認するために来た時、同じ服を着ていたのでそれで分かりました。」
「…そうだな。それは確かに城から送った騎士団だ。兄上が向かったと聞いている。」

エリアスが認めたという事はやはり騎士団が関わっていたという事なのだろうか、自身が所属する場所が犯罪を起こしていたなんて信じがたい。そんな思いでイザークはトワイと目を合わせた。トワイ自身も信じたくはないようだがエリアスの言葉をとりあえず待っているようだ。

「だが、我ら王族にとって貴女方リリーの一族を苦しめる理由も利点も何一つない。この件に陛下を含め王子である兄上たちも加担していないことを断言できる。」

エリアスは嘘や誤魔化しをするような人物ではない。そんなエリアスが断言したことにイザークは密かに安堵した。しかしシャディアは疑いをやめることはしない、目を細めて拒絶の意思を見せた。

「少し時間をくれないか。必ず村を襲った輩を見付け出し裁いて見せる。」
「必ず?」
「必ずだ。帰城し急ぎ陛下にも報告しよう。この件は俺に預けてくれ。…俺が信じられないのなら、そうだな。イザークに免じて暫くはその怒りをほどいてほしい。」
「イザークさんに。」

エリアスの言葉に促されてシャディアはイザークを見上げる。突然指名されたにも関わらずイザークは当然の様にエリアスの言葉を受けて頷いたのだ。

「シャディア、エリアス様はきっと答えてくださる。」

目を細めて窺ってみてもイザークの眼差しが揺らぐことは無い。共に過ごした時間の中でシャディアはイザークが嘘を吐けないことは知っていた。誤魔化すことが苦手な事も、相手に対し真摯に向き合ってくれることも。だからシャディアにはイザークがエリアスを信じている事が分かってしまったのだ。

そんなイザークをシャディアは疑えなかった。

「…分かりました。お任せします、殿下。」
「ありがとう。シャディアどのの願い叶えるためにも全力を尽くす。」
「お気持ちありがとうございます。」
「しかし素晴らしい音色だった。場所が場所なだけに控え目の演奏だったろうが見事だ。お前たちにも違いが分かったろ?」
「ええ。」

大人の笑みを浮かべてトワイは同意する。しかしイザークは苦笑いだけで言葉につまっていた。

「お前には難しかったか、イザーク。」
「はい…申し訳ございません。」
「素晴らしい事は十分に分かったようだがな。いい顔をして聞いていた、珍しいなイザーク。」
「…はい、綺麗というより圧倒されました。引きこまれるような…夢中にさせられると言いますか…。」

イザークの言葉にシャディアの頬が赤く染まっていくのが見える。拙い言い方ではあるが、素晴らしいと称賛されるよりも心に響いてくるのはイザークの言葉だからだろうか。純粋に嬉しくてシャディアの表情が緩んでいく。

「リリー一族の音楽は宮廷音楽と呼ばれていてな、古来より王族の儀式には必ずと言っていいほど彼らの音楽が寄り添っていた。継承の儀、戴冠の儀、婚姻の儀でもそうだな。」
「そうでしたか。」
「彼らの音には深みと神秘があって、例えば和音にも聞こえる歌声とドーラの音色。まあ一番の特徴はドーラという楽器そのものだな。なあ?シャディアどの。」

おそらく王族の歴史を学ぶ時にリリーの一族についても学んだのだろう。エリアスはシャディアよりも饒舌にその特徴についてイザークに聞かせた。

「はい。我が一族のみに継承されるもので作り方も代々長子にしか教えられません。私は末の子でしたが共に生き延びた祖母に教えて貰いました。」
「そうか。他に助かった者は?」

シャディアは首を横に振る。

「連れ去られた者たちも…覚えている限りでは長子ではありませんでしたので…おそらくは。」
「…そうか。」

シャディアの様にどこかで生き延びてくれていたらいい、そんな願いを込めた沈黙が少しばかり部屋を包んだ。それは奇跡に近い願いだったが、シャディアもその奇跡の一つなのだと思えば可能性のある事だろう。

「よく無事でいてくれた、貴方を歓迎しようシャディアどの。」
「え?」
「リリーの悲劇の報せを聞いて我々は随分と悔いたものだ。…何か出来なかったのだろうか、貴い存在と知っていながら何故警備をしていなかったのかとな。だからシャディアどのの事を知れば陛下も兄上たちも大層喜ばれるだろう。」
「…では。」

シャディアの期待が籠った目がエリアスに向けられる。エリアスは大きく頷くと笑みを浮かべて答えた。

「シャディアどのを宮廷音楽家として迎えたい。」

予想以上の言葉にシャディアの目が大きく開く。宮廷音楽家、それはかつてより一族から選ばれた者がもつ称号だった。城に居を移し王族の為に音を奏でる宮廷音楽家は、一族の中でも多くのものが憧れた。

「まずは客人としてもてなしたいが少し準備がいる。私も立場があって、気軽に女性を城に迎えることが出来なくてな。」
「お立場、ですか?」
「ああ、深読みするのが好きな輩が多くてな。貴女の様に見目麗しい女性の場合は私の傍に置かれるもの見なされることもある。」
「…つまりは愛妾ですね。」

トワイの補足に反応したのはイザークだった。一歩踏み出しシャディアの前に身体を出したのはほぼ反射的に近いだろう。そんな彼の動きに満足げに口角を上げたのはエリアスだった。

「勿論、シャディアどのの演奏は気に入った。しかし私の傍におくという点では悪いが受け入れることは難しい。残念ながら私には既に共にすることを決めた姫君がいる。」
「あ、あはは…。」
「残念ですか?」
「目論見は外れましたね。」
「シャディア!」
「あ。」

つい本音を漏らすシャディアにイザークは慌てて止めに入った。しかし遅かったようでかまをかけたトワイは勿論、エリアスも目を丸くした後に大きな声で笑った。

「あっはっは!それは申し訳なかったな。」
「…シャディア!」
「…ごめんなさい。」

気が抜けたこともあって少し適当に会話をしてしまったことをシャディアは反省してイザークを見上げる。呆れたようにため息を吐くイザークは少し怒っているようにも見えたが、どこか安心しているように微笑んだのだ。