「では改めて、だな。」
街の外れにある騎士団の砦に訪れた一行は空いている部屋を借りて顔を合わせていた。広場での勢いとは違い、緊張や後悔やらで固まりきったシャディアの動きは無く視線ですらも足元の一点を見つめて止まっている。
仕切り直しと言わんばかりに切り出したのはエリアスだったが、少しの反応も見せてはいけない気がして頭を下げたままただひたすらに耐えていた。横にイザークがいる事でどれだけ救われているだろう。
「イザーク、お前はそこでいいのか?」
「はい、この位置で。」
「ふうん、そうか。」
おそらく会議室であろうこの場所でエリアスは椅子にかけて肩肘を机に預けた姿勢だ。そのすぐ傍にトワイが立ち、イザークとシャディアは離れた場所で並んで立っているという状況だった。エリアスの声はよく通る。
少し低くした声はハッキリとシャディアの耳に届いた。その声でさえも人とは異なる力を持っているようでシャディアの鼓動が速くなる。イザークの立場から、あの方というのはそれなりの階級を期待していたが、想像もしない人物だったことにただただ後悔した。
あれほどイザークが止めていたのはこういう意味があったのだと今更ながら知って情けなく思う。ちゃんとイザークの忠告を聞いておけばよかった、そう思ってももう遅い。それにシャディアはいずれこの場所までに辿り着く野心はあったのだ。
ただ心の準備が出来ていない内に達成したから不安になっているだけの事。シャディアは何度も深呼吸を繰り返して自分自身を取り戻そうとした。
こんな機会は二度とない、逃す訳にはいかない。そんな強い思いが少しずつ大きくなって彼女を冷静にしていく。
「シャディアどの、と言ったか。」
この会議室に入る前まではシャディアさんと呼んでいた気安さがトワイから消えている。広場でエリアスが言っていた伏せていた立場というのが解放されたのだとすぐに分かった。
「はい。…さ、先ほどは唐突に申し訳ありませんでした。」
「あはは、構わん。あの状況で俺の正体に気付く方が凄いぞ。」
トワイを通してエリアスに謝罪したつもりだったが当の本人がシャディアからは高くも分厚くも感じる壁の上からひょっこりと顔を出す。本当にそうだとエリアスの言葉を受けてシャディアは頭を下げたまま苦笑いをした。
「顔を上げてくれ。」
「…シャディアどの、顔を上げて。」
「…はい。」
楽しそうな声色のエリアスとは異なり、トワイはため息交じりにシャディアへ促す。シャディアは言われた通り、ゆっくりと顔を上げて視線をエリアスの方に向けた。目が合えば笑みを深めてエリアスはその瞳に怪しげな光を宿す。
「この方は我が王国の第3王子、エリアス・ロアウィス殿下である。」
トワイの声に思わず息が詰まりそうになった。目の前に王族がいる、しかもこんな偶然が重なった状況で幸運にも名乗れる機会が来るなんて。シャディアは緊張と不安と期待から身体が震えた。
この震えを恐怖と緊張ととらえたのか、隣にいるイザークは心配そうにシャディアの様子を窺っている。しかし当の本人はもうエリアスに夢中だった。落ち着かないと、そう思って深呼吸をしようと思ってもその呼吸が震える始末だ。
「…殿下。」
イザークの声に手を上げて答えたエリアスはトワイに問いかけた。
「トワイ、城での正式な面会じゃないんだ。構わんだろう。」
「…止めても無駄でしょう。」
2人で話す内容の意味が分からず戸惑うシャディアにイザークは低く細やかな声で告げた。
「王子に直接話すことは不敬とされている。おそらくそのお許しが出る。」
「えっ!?」
不敬という単語に敏感な反応を見せたシャディアはより一層緊張に包まれて冷たい汗が背中を伝う。軽口なら並べていたが実際に位の高い、貴族の頂点に立つ王族を目の前にして怯まない訳がない。
話し方に間違いはないだろうか、罰が下らないだろうか、様々な不安要素が浮き出て頭が混乱しそうだ。
「シャディアどの、さっき言っていたな?俺に用があると。」
エリアスが尋ねても答えていいのかまだ分からない。イザークを見れば彼の視線は同僚であるトワイに向けられていた。
「…シャディアどの、エリアス殿下がお許しです。答えてください。」
許可を出す前に尋ねてしまったものだからシャディアが困惑している、そういう思いでエリアスを睨んでもどこ吹く風だった。トワイのため息はこの短い間にいったい何度聞いたことだろう。
そんな主従の関係性を理解しながらシャディアは腕に力を入れた。この腕の中にあるドーラがシャディアの気持ちを奮い立たせてくれる。この子と進んでいく道こそが自分が辿らなければいけないものなのだと顎を引く。
「はい。…私の音楽を聴いていただきたいと思いイザークさんにその機会を設けて頂けるようお願いしていました。」
「音楽?」
「私はドーラというこの楽器を使用しています。」
覆っていた布を外している途中、警戒の為かトワイが剣の柄を握ったことは見ないフリにした。襲われたあの時、シャディアはもがいていた布の中でドーラをまた1つの楽器に戻していたのだ。助けられた後にエリアスとトワイがこの楽器を見たとしてもそれは本来の姿ではなかっただろう。
「私たちの奏でる音楽を聞き、気に入って下さる様であれば傍に置いていただきたく願い出るつもりでもありました。」
そう言いながらエリアスに見えるように差し出したドーラはまだ1つの弦楽器だった。エリアスは表情を変えず、言葉も発さずにただドーラを見つめている。
「このドーラ、本来の形はこれとは異なります。ぜひご覧ください。」
広場でイザークに見せた様に、同じ手順でシャディアはドーラを解放していった。1つだった筈の弦楽器がまるで親子の様にもう1つ小さな弦楽器と並び2つで1つの楽器が出来上がる。楽器の全貌が明らかになった時、その姿の意外さにエリアスとトワイの顔に驚きの色が現れた。
「これがドーラ、私の奏でる楽器にございます。」
改めてもう一度差し出したドーラは先程とは形を変えていた。それでも言葉を発しない二人に緊張しながら、シャディアは自分の手元に引き寄せて抱える。途端にエリアスの目付きは鋭く研ぎ澄まされ、いわゆる審査が始まったのだとすぐにシャディアは感じた。
「…まずは一曲を。」
街の外れにある騎士団の砦に訪れた一行は空いている部屋を借りて顔を合わせていた。広場での勢いとは違い、緊張や後悔やらで固まりきったシャディアの動きは無く視線ですらも足元の一点を見つめて止まっている。
仕切り直しと言わんばかりに切り出したのはエリアスだったが、少しの反応も見せてはいけない気がして頭を下げたままただひたすらに耐えていた。横にイザークがいる事でどれだけ救われているだろう。
「イザーク、お前はそこでいいのか?」
「はい、この位置で。」
「ふうん、そうか。」
おそらく会議室であろうこの場所でエリアスは椅子にかけて肩肘を机に預けた姿勢だ。そのすぐ傍にトワイが立ち、イザークとシャディアは離れた場所で並んで立っているという状況だった。エリアスの声はよく通る。
少し低くした声はハッキリとシャディアの耳に届いた。その声でさえも人とは異なる力を持っているようでシャディアの鼓動が速くなる。イザークの立場から、あの方というのはそれなりの階級を期待していたが、想像もしない人物だったことにただただ後悔した。
あれほどイザークが止めていたのはこういう意味があったのだと今更ながら知って情けなく思う。ちゃんとイザークの忠告を聞いておけばよかった、そう思ってももう遅い。それにシャディアはいずれこの場所までに辿り着く野心はあったのだ。
ただ心の準備が出来ていない内に達成したから不安になっているだけの事。シャディアは何度も深呼吸を繰り返して自分自身を取り戻そうとした。
こんな機会は二度とない、逃す訳にはいかない。そんな強い思いが少しずつ大きくなって彼女を冷静にしていく。
「シャディアどの、と言ったか。」
この会議室に入る前まではシャディアさんと呼んでいた気安さがトワイから消えている。広場でエリアスが言っていた伏せていた立場というのが解放されたのだとすぐに分かった。
「はい。…さ、先ほどは唐突に申し訳ありませんでした。」
「あはは、構わん。あの状況で俺の正体に気付く方が凄いぞ。」
トワイを通してエリアスに謝罪したつもりだったが当の本人がシャディアからは高くも分厚くも感じる壁の上からひょっこりと顔を出す。本当にそうだとエリアスの言葉を受けてシャディアは頭を下げたまま苦笑いをした。
「顔を上げてくれ。」
「…シャディアどの、顔を上げて。」
「…はい。」
楽しそうな声色のエリアスとは異なり、トワイはため息交じりにシャディアへ促す。シャディアは言われた通り、ゆっくりと顔を上げて視線をエリアスの方に向けた。目が合えば笑みを深めてエリアスはその瞳に怪しげな光を宿す。
「この方は我が王国の第3王子、エリアス・ロアウィス殿下である。」
トワイの声に思わず息が詰まりそうになった。目の前に王族がいる、しかもこんな偶然が重なった状況で幸運にも名乗れる機会が来るなんて。シャディアは緊張と不安と期待から身体が震えた。
この震えを恐怖と緊張ととらえたのか、隣にいるイザークは心配そうにシャディアの様子を窺っている。しかし当の本人はもうエリアスに夢中だった。落ち着かないと、そう思って深呼吸をしようと思ってもその呼吸が震える始末だ。
「…殿下。」
イザークの声に手を上げて答えたエリアスはトワイに問いかけた。
「トワイ、城での正式な面会じゃないんだ。構わんだろう。」
「…止めても無駄でしょう。」
2人で話す内容の意味が分からず戸惑うシャディアにイザークは低く細やかな声で告げた。
「王子に直接話すことは不敬とされている。おそらくそのお許しが出る。」
「えっ!?」
不敬という単語に敏感な反応を見せたシャディアはより一層緊張に包まれて冷たい汗が背中を伝う。軽口なら並べていたが実際に位の高い、貴族の頂点に立つ王族を目の前にして怯まない訳がない。
話し方に間違いはないだろうか、罰が下らないだろうか、様々な不安要素が浮き出て頭が混乱しそうだ。
「シャディアどの、さっき言っていたな?俺に用があると。」
エリアスが尋ねても答えていいのかまだ分からない。イザークを見れば彼の視線は同僚であるトワイに向けられていた。
「…シャディアどの、エリアス殿下がお許しです。答えてください。」
許可を出す前に尋ねてしまったものだからシャディアが困惑している、そういう思いでエリアスを睨んでもどこ吹く風だった。トワイのため息はこの短い間にいったい何度聞いたことだろう。
そんな主従の関係性を理解しながらシャディアは腕に力を入れた。この腕の中にあるドーラがシャディアの気持ちを奮い立たせてくれる。この子と進んでいく道こそが自分が辿らなければいけないものなのだと顎を引く。
「はい。…私の音楽を聴いていただきたいと思いイザークさんにその機会を設けて頂けるようお願いしていました。」
「音楽?」
「私はドーラというこの楽器を使用しています。」
覆っていた布を外している途中、警戒の為かトワイが剣の柄を握ったことは見ないフリにした。襲われたあの時、シャディアはもがいていた布の中でドーラをまた1つの楽器に戻していたのだ。助けられた後にエリアスとトワイがこの楽器を見たとしてもそれは本来の姿ではなかっただろう。
「私たちの奏でる音楽を聞き、気に入って下さる様であれば傍に置いていただきたく願い出るつもりでもありました。」
そう言いながらエリアスに見えるように差し出したドーラはまだ1つの弦楽器だった。エリアスは表情を変えず、言葉も発さずにただドーラを見つめている。
「このドーラ、本来の形はこれとは異なります。ぜひご覧ください。」
広場でイザークに見せた様に、同じ手順でシャディアはドーラを解放していった。1つだった筈の弦楽器がまるで親子の様にもう1つ小さな弦楽器と並び2つで1つの楽器が出来上がる。楽器の全貌が明らかになった時、その姿の意外さにエリアスとトワイの顔に驚きの色が現れた。
「これがドーラ、私の奏でる楽器にございます。」
改めてもう一度差し出したドーラは先程とは形を変えていた。それでも言葉を発しない二人に緊張しながら、シャディアは自分の手元に引き寄せて抱える。途端にエリアスの目付きは鋭く研ぎ澄まされ、いわゆる審査が始まったのだとすぐにシャディアは感じた。
「…まずは一曲を。」