「いや、えっと…。」
イザークの背後に立つ二人の青年、身なりはそこまで高価には見えないが立ち振る舞いはどこか他の人とは異なっているように思えた。少なくともシャディアは今までに出会った誰よりも高貴であるように感じている。イザークと初めて出会った時にもそう感じたが、それ以上だった。
何より「様」と敬っていたことが一番の決め手だろう。たじろいでしまうイザークに確信めいたものを掴んだシャディアは目を輝かせた。状況がよく分からず傍観していたエリアスとトワイは首を傾げて待っている。
イザークは嘘が付けない人だ、そして誤魔化すことも苦手な人だとシャディアは既に知っていた。そんな彼が困っているという事はつまり、この目の前にいるエリアスがイザークが言っていた「あの方」なのだろう。エリアスに視線を向けたシャディアはここしかないと決意をして声をかけた。
「私、旅の音楽家のシャディアと申します。」
「ほう。」
突然の名乗りに動じることなくエリアスは眉を上げてシャディアの声に耳を傾ける。
「あの私にお時間を…っ!」
「シャディア、待った!それは駄目だ!」
一世一代のチャンスだと言わんばかりに踏み込もうとするシャディアの声をイザークは彼女の両肩を掴んで引き止めた。真正面にあるイザークの表情があまりに厳しいものでシャディアは思わず息を詰まらせる。
「この方には…。」
「構わんぞ。」
「っいけません、お立場を!」
「立場なら今まさに身分を伏せている状態だ。その娘、余程に強い訴えがあると見たが?」
「…しかし。」
状況が全く読めないシャディアは口を閉ざしたまま成り行きを見守ることしか出来なかった。イザークの表情は厳しいまま、そしてエリアスの横にいるトワイは少し呆れたようにエリアスを見ているが面白くはなさそうだ。
もしかして自分はとんでもない人物にぶつかってしまったのだろうか、そんな恐怖が生まれて冷や汗が出てくる。
「イザーク、その娘はお前の連れか?」
「…はい。道中素行の悪い男にからまれて怪我したところを助けまして、王都に向かうというので同行しているところです。」
「素行の悪い男?今の奴らみたいなのか?」
「はい。」
「…それは随分と災難だったな。」
おそらく思うところは男三人同じだったのだろう。彼女が仕掛けているようにも見えなかったが、こう立て続けに狙われるのも運が悪すぎる。
「私と出会う前にも襲われたことがあるようで、護衛も兼ねて共に王都へ向かっておりました。」
「そうだな。女性の一人旅は危険を伴う事もあるだろう。いい判断じゃないか?」
「はい。ありがとうございます。」
「しかしここで会うとはな。面白い偶然だ。」
そこまで言うとエリアスはトワイと目を合わせ笑みを浮かべた。その表情だけで何かを悟ったのはトワイだけではない、イザークも同じ瞬間に眉を寄せる。
「まずは安全なところに彼女を運んでやれ。襲われたこの場所だと落ち着かないだろう。」
「…は。では一度宿屋に…。」
「宿屋では手狭になる。だろう、トワイ?」
イザークの提案を一蹴すると当てがあるのかエリアスは相変わらず笑みを崩さないままトワイの方を見て片眉を上げた。その仕草で全て分かってしまったトワイは吐きたくもないため息がこぼれる。
「まあ、その方が安全ですね。イザーク、馬はどこに?」
「馬車乗り場の方に繋いである。…じゃあ?」
「そういう事だ。我らが主に従うしかないぞ。」
トワイのため息交じりな言葉にイザークは頷いた。情報が少ない会話ではいったい何をどうするのかシャディアには少しも理解が出来ない。不安げにイザークを見つめれば、目があったイザークがシャディアの不安を察知して微笑んだ。
「ここから移動しよう。移動先でシャディアの話を聞いてくださるそうだ。」
「移動…?」
シャディアの身体から布を外してやると、依然無意識に抱きかかえたままのドーラに被せてやった。イザークに布を掛けられたことで移動準備を促されていることにシャディアも気が付いたようだ。
「い、イザークさん。あの人って…。」
「それはまた後だ。とにかく今は移動しよう…歩けそうか?」
「う、うん。大丈夫。」
「そのまま掴まってていいから、辛かったら抱えていく。」
イザークの言葉にシャディアは思わず目を丸くした。そのまま掴まっていていい、その意味を知るのは自分の手がずっとイザークの服を掴んでいるのを見てからだ。言われて初めて気が付いた、いつ掴んだのかも全く覚えがない。
「ご、ごめんなさ…っ!」
「離さなくてもいい。…まだ不安だろう?」
慌てて離そうとするシャディアの手を覆う様にイザークの手が乗せられた。イザークの言葉通り、シャディアの心はまだ落ち着いてはいない。
「…だい…じょう…。」
何てことないと、大丈夫だと告げようと思っても言葉に出来なかった。作り笑いも引きつってしまうなんて自分らしくないと俯いてしまう。片手にドーラを抱きかかえて、すがるようにイザークの腕を掴んでいるなんて。
「そのままでいいと思うよ、イザークもそう言ってるし。馬は後でいいだろ、とりあえず場所を移そう。」
「ああ。」
「俺はイザークの同僚のトワイ、よろしく。シャディアさん。」
「よろしく…お願いします。」
シャディアの返事に笑みを返すとトワイはイザークと顔を合わせて互いに頷いた。
「さ、行きますか。殿下。」
「…え?」
トワイのその言葉を聞き逃さなかったシャディアは人知れず動悸を激しくした。
イザークの背後に立つ二人の青年、身なりはそこまで高価には見えないが立ち振る舞いはどこか他の人とは異なっているように思えた。少なくともシャディアは今までに出会った誰よりも高貴であるように感じている。イザークと初めて出会った時にもそう感じたが、それ以上だった。
何より「様」と敬っていたことが一番の決め手だろう。たじろいでしまうイザークに確信めいたものを掴んだシャディアは目を輝かせた。状況がよく分からず傍観していたエリアスとトワイは首を傾げて待っている。
イザークは嘘が付けない人だ、そして誤魔化すことも苦手な人だとシャディアは既に知っていた。そんな彼が困っているという事はつまり、この目の前にいるエリアスがイザークが言っていた「あの方」なのだろう。エリアスに視線を向けたシャディアはここしかないと決意をして声をかけた。
「私、旅の音楽家のシャディアと申します。」
「ほう。」
突然の名乗りに動じることなくエリアスは眉を上げてシャディアの声に耳を傾ける。
「あの私にお時間を…っ!」
「シャディア、待った!それは駄目だ!」
一世一代のチャンスだと言わんばかりに踏み込もうとするシャディアの声をイザークは彼女の両肩を掴んで引き止めた。真正面にあるイザークの表情があまりに厳しいものでシャディアは思わず息を詰まらせる。
「この方には…。」
「構わんぞ。」
「っいけません、お立場を!」
「立場なら今まさに身分を伏せている状態だ。その娘、余程に強い訴えがあると見たが?」
「…しかし。」
状況が全く読めないシャディアは口を閉ざしたまま成り行きを見守ることしか出来なかった。イザークの表情は厳しいまま、そしてエリアスの横にいるトワイは少し呆れたようにエリアスを見ているが面白くはなさそうだ。
もしかして自分はとんでもない人物にぶつかってしまったのだろうか、そんな恐怖が生まれて冷や汗が出てくる。
「イザーク、その娘はお前の連れか?」
「…はい。道中素行の悪い男にからまれて怪我したところを助けまして、王都に向かうというので同行しているところです。」
「素行の悪い男?今の奴らみたいなのか?」
「はい。」
「…それは随分と災難だったな。」
おそらく思うところは男三人同じだったのだろう。彼女が仕掛けているようにも見えなかったが、こう立て続けに狙われるのも運が悪すぎる。
「私と出会う前にも襲われたことがあるようで、護衛も兼ねて共に王都へ向かっておりました。」
「そうだな。女性の一人旅は危険を伴う事もあるだろう。いい判断じゃないか?」
「はい。ありがとうございます。」
「しかしここで会うとはな。面白い偶然だ。」
そこまで言うとエリアスはトワイと目を合わせ笑みを浮かべた。その表情だけで何かを悟ったのはトワイだけではない、イザークも同じ瞬間に眉を寄せる。
「まずは安全なところに彼女を運んでやれ。襲われたこの場所だと落ち着かないだろう。」
「…は。では一度宿屋に…。」
「宿屋では手狭になる。だろう、トワイ?」
イザークの提案を一蹴すると当てがあるのかエリアスは相変わらず笑みを崩さないままトワイの方を見て片眉を上げた。その仕草で全て分かってしまったトワイは吐きたくもないため息がこぼれる。
「まあ、その方が安全ですね。イザーク、馬はどこに?」
「馬車乗り場の方に繋いである。…じゃあ?」
「そういう事だ。我らが主に従うしかないぞ。」
トワイのため息交じりな言葉にイザークは頷いた。情報が少ない会話ではいったい何をどうするのかシャディアには少しも理解が出来ない。不安げにイザークを見つめれば、目があったイザークがシャディアの不安を察知して微笑んだ。
「ここから移動しよう。移動先でシャディアの話を聞いてくださるそうだ。」
「移動…?」
シャディアの身体から布を外してやると、依然無意識に抱きかかえたままのドーラに被せてやった。イザークに布を掛けられたことで移動準備を促されていることにシャディアも気が付いたようだ。
「い、イザークさん。あの人って…。」
「それはまた後だ。とにかく今は移動しよう…歩けそうか?」
「う、うん。大丈夫。」
「そのまま掴まってていいから、辛かったら抱えていく。」
イザークの言葉にシャディアは思わず目を丸くした。そのまま掴まっていていい、その意味を知るのは自分の手がずっとイザークの服を掴んでいるのを見てからだ。言われて初めて気が付いた、いつ掴んだのかも全く覚えがない。
「ご、ごめんなさ…っ!」
「離さなくてもいい。…まだ不安だろう?」
慌てて離そうとするシャディアの手を覆う様にイザークの手が乗せられた。イザークの言葉通り、シャディアの心はまだ落ち着いてはいない。
「…だい…じょう…。」
何てことないと、大丈夫だと告げようと思っても言葉に出来なかった。作り笑いも引きつってしまうなんて自分らしくないと俯いてしまう。片手にドーラを抱きかかえて、すがるようにイザークの腕を掴んでいるなんて。
「そのままでいいと思うよ、イザークもそう言ってるし。馬は後でいいだろ、とりあえず場所を移そう。」
「ああ。」
「俺はイザークの同僚のトワイ、よろしく。シャディアさん。」
「よろしく…お願いします。」
シャディアの返事に笑みを返すとトワイはイザークと顔を合わせて互いに頷いた。
「さ、行きますか。殿下。」
「…え?」
トワイのその言葉を聞き逃さなかったシャディアは人知れず動悸を激しくした。