「きゃあ!」
「シャディア!?」

隣にいたイザークにも僅かに引っかかったがその大半はシャディアを包み込んだ。そして次の瞬間には人影が現れてシャディアを抱えようとする。反射的に敵だと判断したイザークは考えるよりも先に剣の柄を握り引き抜きながら振り切った。

「うわっ!」

広場の果てのこの壁の下は階下となっており当然人が気軽に上り下りするような場所ではない。やり口といい完全に手練れの者だと認識したイザークは瞬時に戦闘態勢に入った。敵の人数は3人、シャディアを抱えようとした者と目の前に2人だ。

「何者だ?」

未だに布の下ではシャディアが逃れようともがいているのが分かる。少し触れただけでも分かったが少し重みのある布でそう簡単には抜けだせないだろう。大きな楽器を抱えているのなら尚更だ。

状況も分からず混乱しているに違いない。少しでも早くシャディアを助ける為にはこの3人を倒すしかないのだ。

「お前に用は無いんだよ!」

目の前にいた男たちが真正面からイザークに襲い掛かってくる。ここで下手に大きく動いて応戦すれば、その隙を狙ってシャディアが攫われてしまうだろう。

それならば。

「用がないのはお互い様だ。」

腰から下げていた小さな鞄から包みを取り出して一人の男の顔面に投げつけた。それは目くらましにする粉だ、うまく当たって破裂した包みの中身は男の視界を奪ってくれた。片割れに気を取られながらも向かってきた男の腹部には鞘を突き当てて押し返した。そして、その場で回転をしながらシャディアを狙う男に鞘を振り切る。

「ぐあっ!」

相手がうまく後ろに避けた為に掠めただけで終わったが、間合いは十分に確保できた。複数が相手ならばなるべく手数を少なく致命傷を与えるのが勝利への道だ。しかもこの場合だと完全に相手を倒さねばシャディアを助け出すことが出来ない。

「~~~っ!!!」

布の中からくぐもった声が絶え間なく聞こえてくる。早くしてやらないと、その思いでイザークはより一層殺気を強めた。三人まとめて相手をすることは少し難しいがやれないこともない。

「何なんだ、お前!?」
「こっちの台詞だ。」

あくまで鞘に入れたままイザークは斬りつける為に踏み込んだ。隙を見せずに最速で間合いに入られた男は腹部に強い衝撃を受け、その衝撃から意識が遠退く。しかしとどめとばかりに首の後ろを殴打され、そのまま地面に叩きつけられた。

「あ…。」

微かな声が白目をむいた男から聞こえてくる。仲間のその姿に他の2人はたじろいで思わず後ろに下がった。これくらい沈めておかないと下手に意識があればまた襲われかねない。残るは二人、そんな事を呟きながら視線を向ければ男たちは息を飲んだ。

「…っの野郎!」

ここで逃げるわけにはいかないのか相手はそれでも向かってくる。反撃なんて計算の内、相手が武器を持っていることも把握した上で戦っている分、イザークには少しの動揺も無かった。

男たちの手に短剣の鈍い光を見つけてもただそれを迎え撃つのみだ。向かってくるのなら倒すまで。その気持ちで更なる攻撃をしようとした瞬間、思わぬ人物の登場に目を見開いてしまう。

イザークの視界に入ったのは彼のよく知る人物だったのだ。

「加勢するぞ、イザーク。」
「…っトワイ!」

トワイの登場に驚いた次の瞬間、イザークは嫌な予感が的中した。トワイが現れた方角、少し離れた先にはここにいる筈のない人物がもう一人こちらを見ていたのだ。

「エ…っ!?」

名前を叫びそうになったイザークが自分の口を塞ぐと同時にその人物も口元に指を当てて不敵に笑った。抱えそうになる頭を懸命に振ってとにかく今は戦いに集中をする。

「くそっ!引くぞ!」

2対3になったことに分の悪さを感じた男たちはシャディアをそのままにし、伸びた仲間を担いで壁から飛び降りていった。その身軽さに一同が目を細める。素早く去っていくその後ろ姿を眺め終われば、突如現れた助っ人はイザークたちと向き合った。

イザークは既にシャディアに駆け寄り布を外してやっているところだ。

「大丈夫か?」
「はーっ。ありがと、イザークさん。」

必死にもがいていたのだろう、汗だくで肩で息をしていたシャディアに申し訳なさだけが募る。飲み水を手渡し、怪我をしているところがないのか、足の怪我が悪化していないかなどイザークは細かく確認していた。

「大丈夫、ビックリしただけ。」

平気なふりをしているが内心不安や恐怖でいっぱいなのだろう。おそらく布の向こう側で騒ぎがあった事は気付いている筈だ。しかしシャディアは強がって少しもその様子を見せなかった。何でもなかったように接してやることを望んでいるのだろうがそうもいかない。

立ち上がろとするシャディアに手を差し伸べながら、イザークは意を決して落ち着いた声でシャディアに問いかけた。

「…念のために聞くが襲われることに心当たりは?」
「え?えーっと…無いと思うんだけど。」

すがる様にイザークの腕を掴んだシャディアの手は震えている。

「シャ…。」
「あ、ちょっと運動不足かな。腕の筋肉が…。」

何でもない様に笑おうとしているが、そこに無理な強がりが隠れていることをイザークは悟っていた。何とも言えない複雑な気持ちを抱えてイザークの表情は厳しくなる。

「何だ、イザーク。見合いを断りに戻って道中で嫁を見付けてきたのか?」
「おー。」

偉そうに腕を組んで見下ろす青年は先ほどイザークの言葉を遮った人物だった。その横で感心したような声を出しているのはトワイと呼ばれた青年、立ち位置からしてトワイの方が引いているのだが。

「エリアス様!」

怒気を含んだ声で今度こそ名前を呼べばエリアスは悪ガキの様に楽しそうに歯を見せた。まだまだ平常心とは言えない状態だが、イザークの言葉の変化にシャディアも気が付いたらしい。

「…様?」
「あ。」
「もしかして、イザークさんが言っていたあの方って…この人!?」