「この楽器と音楽はね、代々一族に伝わる由緒正しき伝統なの。私たちだけが奏でられる特別な音楽、でも今はもうそれを受け継いでいるのはもう数人だけになっちゃった。」
「…数人、だけ?」
「うん。数年前に村が盗賊だか何だか分からない連中に襲われて…ほぼ全滅。たまたま外に出ていた私と祖母を含む僅かなひとたちだけが生き残ったの。おばあちゃんは言ってた…私たちの伝統が狙われたのかもしれないって。」
イザークはその時、五年前に家族を失ったと告げたシャディアの言葉を思い出した。事故か病気なのだろうかと勝手に思っていたがおそらくは違う。これは事故ではなく事件、そして彼女は生涯目に焼き付いて離れないだろう残酷な場面を目にしてしまい激しい痛みと共に胸に刻んでいるのだ。
イザークは言葉を失い、遠い記憶に思いを馳せているシャディアの横顔を眺めるしかできなかった。彼女の目は愁いを帯びている。思い出したくなくてもふと蘇ってしまう記憶は強い傷跡を残していることが多い。その事をよく知っているイザークはただシャディアの事が心配でたまらなかった。
このまま過去を口にすればいつか見てしまった辛い出来事を鮮明に思い出させてしまうだろう。そうなる前に止めるべきだと口を開くが、イザークの声が発せられる前にシャディアがまた語りだしてしまった。
「私は私自身にどれだけ価値があるのか知ってる。」
その目は愁いから色を変えて力を宿すものへ、強い意志を持った色へと光を秘める。
「私は…この音を次へ繋がないといけない。私たちの血に染み込んでいる音楽を血と共に引き継いでいく…私はそれが出来る場所を探してるの。そして…どうしてもやり遂げたい事がある。」
彼女の言葉を聞いてイザークはほんの少しだけシャディアの考えが見えた気がした。おそらく不明確な未来を描くよりも確かな約束をされた場所に身を置いて自分の役割を果たしたいと考えているのだ。
「身分がある人を求めるのは暮らしの安定を求めるからか?」
「その為にお偉いさんを利用しようだなんて馬鹿な考えだと思う?」
「いや。」
意外にも即答だったことにシャディアは目を丸くした。まさかイザークが自分の考えを肯定してくれるなんて。てっきりそうは言っても危ないだろうとか色々言われると思っていたのに驚きだ。
未だに渋い顔をして眉を寄せているイザークの胸中はきっと葛藤もあるのだろう。それでもシャディアの生き方を否定しないでくれたことに喜びを感じてしまう。嬉しくて、シャディアの中に生まれてしまった感情がまた熱を帯びた。
それはいけないと、これ以上気持ちが膨らまないように心を落ち着かせないと後が辛くなる。そう自分に言い聞かせてシャディアは息を吐いた。
「ふふ。ありがとう聞いてくれて。って私が勝手に喋ったんだっけ?」
「…いいのか?そんな大切なことを俺に話して。」
「イザークさんは口が堅そうだからね~、きっと誰から探りを入れられたとしても勝手に自分が話しちゃ駄目だって濁してくれそうだもん。」
なんとなく自分もそうなりそうな様子が安易に想像できてイザークは目を細めて現実から逃げようとした。まっすぐで優しい人だ、周囲にはバレバレでも最後まで口を割らないでいてくれるだろう。そんな姿を思い浮かべてシャディアは笑ってしまった。
「私も誰かに聞いてもらって覚悟を決めたかったんだと思うし。だからまたまたイザークさんを利用させて貰いました!」
「…もっと言葉の選び方を考えた方がいい。」
「え?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて冗談の様に済まそうとするその姿の裏側をイザークはもう知ってしまっている。いかにも使い慣れていない利用するという言葉はシャディアには不似合だと思った。だからこそ告げた言葉の意味をシャディアにはまだ伝わっていないようだ。
「シャディアの生き方はカッコいいと思うよ。」
初めて自分に向けられたその言葉にシャディアは驚いて声も出せない。かっこいいなんて、ましてや男の人から言われるなんて思ってもみなかった。
「誇らしくそのドーラを抱える姿も、未来を目指す志しも。今はまだ不安が勝っていて揺れているかもしれないがシャディアなら成し遂げられると俺は思う。あとはただ…自分に重圧をかけすぎて押し潰されない様にするだけだ。」
予想外のイザークの言葉にシャディアの目が大きく開く。少しずつ、時間が経つにつれて染み込んでくるその言葉たちは、今まさに震えていたシャディアの心に温もりを与えてくれた。
成し遂げられる。
自分で言い聞かせるよりも誰かに貰った方が何倍も力になるなんて思いもしなかった。こんなに嬉しいだなんて知らなかった。
「…うん。ありがとう、イザークさん。」
泣きそうになる気持ちを少し我慢して精一杯の笑顔を作った。瞼の奥が熱い、本当は泣いて誰かに縋りつきたい。出来れば目の前にいるイザークに。でもそれは出来ないとシャディアが一番よく分かっていた。今はまだ一人で強がっていないといけない時期なのだ。
「ふふ、なんだかしんみりしちゃったね。旅は楽しくいかないとね!」
「…そうだな。」
「こんな時こそ音楽でしょ。良かったらリクエストでも受け付けようか?私が知ってる曲ならー…。」
言葉の途中、不意に自分たちに影がかかって二人は同時に見上げた。見上げればそこには想像もしないものが広がっていた。大きな布がシャディアに降ってきたのだ。
「きゃあ!」
「シャディア!?」
「…数人、だけ?」
「うん。数年前に村が盗賊だか何だか分からない連中に襲われて…ほぼ全滅。たまたま外に出ていた私と祖母を含む僅かなひとたちだけが生き残ったの。おばあちゃんは言ってた…私たちの伝統が狙われたのかもしれないって。」
イザークはその時、五年前に家族を失ったと告げたシャディアの言葉を思い出した。事故か病気なのだろうかと勝手に思っていたがおそらくは違う。これは事故ではなく事件、そして彼女は生涯目に焼き付いて離れないだろう残酷な場面を目にしてしまい激しい痛みと共に胸に刻んでいるのだ。
イザークは言葉を失い、遠い記憶に思いを馳せているシャディアの横顔を眺めるしかできなかった。彼女の目は愁いを帯びている。思い出したくなくてもふと蘇ってしまう記憶は強い傷跡を残していることが多い。その事をよく知っているイザークはただシャディアの事が心配でたまらなかった。
このまま過去を口にすればいつか見てしまった辛い出来事を鮮明に思い出させてしまうだろう。そうなる前に止めるべきだと口を開くが、イザークの声が発せられる前にシャディアがまた語りだしてしまった。
「私は私自身にどれだけ価値があるのか知ってる。」
その目は愁いから色を変えて力を宿すものへ、強い意志を持った色へと光を秘める。
「私は…この音を次へ繋がないといけない。私たちの血に染み込んでいる音楽を血と共に引き継いでいく…私はそれが出来る場所を探してるの。そして…どうしてもやり遂げたい事がある。」
彼女の言葉を聞いてイザークはほんの少しだけシャディアの考えが見えた気がした。おそらく不明確な未来を描くよりも確かな約束をされた場所に身を置いて自分の役割を果たしたいと考えているのだ。
「身分がある人を求めるのは暮らしの安定を求めるからか?」
「その為にお偉いさんを利用しようだなんて馬鹿な考えだと思う?」
「いや。」
意外にも即答だったことにシャディアは目を丸くした。まさかイザークが自分の考えを肯定してくれるなんて。てっきりそうは言っても危ないだろうとか色々言われると思っていたのに驚きだ。
未だに渋い顔をして眉を寄せているイザークの胸中はきっと葛藤もあるのだろう。それでもシャディアの生き方を否定しないでくれたことに喜びを感じてしまう。嬉しくて、シャディアの中に生まれてしまった感情がまた熱を帯びた。
それはいけないと、これ以上気持ちが膨らまないように心を落ち着かせないと後が辛くなる。そう自分に言い聞かせてシャディアは息を吐いた。
「ふふ。ありがとう聞いてくれて。って私が勝手に喋ったんだっけ?」
「…いいのか?そんな大切なことを俺に話して。」
「イザークさんは口が堅そうだからね~、きっと誰から探りを入れられたとしても勝手に自分が話しちゃ駄目だって濁してくれそうだもん。」
なんとなく自分もそうなりそうな様子が安易に想像できてイザークは目を細めて現実から逃げようとした。まっすぐで優しい人だ、周囲にはバレバレでも最後まで口を割らないでいてくれるだろう。そんな姿を思い浮かべてシャディアは笑ってしまった。
「私も誰かに聞いてもらって覚悟を決めたかったんだと思うし。だからまたまたイザークさんを利用させて貰いました!」
「…もっと言葉の選び方を考えた方がいい。」
「え?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて冗談の様に済まそうとするその姿の裏側をイザークはもう知ってしまっている。いかにも使い慣れていない利用するという言葉はシャディアには不似合だと思った。だからこそ告げた言葉の意味をシャディアにはまだ伝わっていないようだ。
「シャディアの生き方はカッコいいと思うよ。」
初めて自分に向けられたその言葉にシャディアは驚いて声も出せない。かっこいいなんて、ましてや男の人から言われるなんて思ってもみなかった。
「誇らしくそのドーラを抱える姿も、未来を目指す志しも。今はまだ不安が勝っていて揺れているかもしれないがシャディアなら成し遂げられると俺は思う。あとはただ…自分に重圧をかけすぎて押し潰されない様にするだけだ。」
予想外のイザークの言葉にシャディアの目が大きく開く。少しずつ、時間が経つにつれて染み込んでくるその言葉たちは、今まさに震えていたシャディアの心に温もりを与えてくれた。
成し遂げられる。
自分で言い聞かせるよりも誰かに貰った方が何倍も力になるなんて思いもしなかった。こんなに嬉しいだなんて知らなかった。
「…うん。ありがとう、イザークさん。」
泣きそうになる気持ちを少し我慢して精一杯の笑顔を作った。瞼の奥が熱い、本当は泣いて誰かに縋りつきたい。出来れば目の前にいるイザークに。でもそれは出来ないとシャディアが一番よく分かっていた。今はまだ一人で強がっていないといけない時期なのだ。
「ふふ、なんだかしんみりしちゃったね。旅は楽しくいかないとね!」
「…そうだな。」
「こんな時こそ音楽でしょ。良かったらリクエストでも受け付けようか?私が知ってる曲ならー…。」
言葉の途中、不意に自分たちに影がかかって二人は同時に見上げた。見上げればそこには想像もしないものが広がっていた。大きな布がシャディアに降ってきたのだ。
「きゃあ!」
「シャディア!?」