慣れない行動の支障は翌朝もれなく出てきていた。
それはシャディアではなく意外にもイザークの方だ。朝起きたときに気付いた全身の軋み、どうやらガチガチに緊張していた状態で不格好に踊っていたものの代償らしい。
「おかしい…身体がギスギスする。」
「あはは、武術では使わない筋肉だったか。」
朝食の席でイザークが漏らせばシャディアは満足そうに笑って見せた。シャディアはどうだと問われれば、まだ少し足の痛みはあるものの大丈夫そうだと頷く。それでも不安を拭えなかったイザークは念の為にとシャディアを診療所に連れていき治療を施してもらった。
「心配性だなぁ…。」
「昨日あれだけ移動した後に長時間踊ったんだ。もう少し自分の身体を労わった方がいい。」
「それはまるで保護者の意見よ、イザークさん。」
そうぼやいたものの、しっかりと旅ができるように固定してもらった足首は確かに安定している。そして治療士にもまだ無理はしない方がいいと念を押されたのだ。
「…妹と同じような事を言わないでくれ。」
「妹?」
「…つい先日久しぶりにあった妹に言われた。お父さんみたいなことを言わないでくれと。」
苦々しい表情で漏らした言葉は不本意だと全力で訴えていた。妹に面と向かって言われたのだろう、その時を思い出しながらなのかイザークは項垂れた。
「あはは!確かに!!分かる!!」
「はあ!?」
「ちょこちょこ出てるよ、保護者目線。」
ダメだと分かっていてもシャディアはお腹を抱えて笑ってしまう。
「そっか、やっぱりそうじゃない!イザークさんはお兄ちゃん気質なんだよ。」
「な…俺は兄なんだから仕方ないだろ!?」
「うん、だから導いてあげたくなるんだよね?」
自分が出会ったいろんな人に、そう続けてシャディアは満足そうに微笑んだ。
「年上でも何でも、手を貸して諭して導いてあげたくなる。だから諭された方にとっては硬いとか真面目とかって印象をあたえちゃうのかも。」
「…もうその話はいい。」
昨日つい零してしまった弱音をもう一度引き出されてイザークは居心地が悪くなった。昨日の話だ、もう忘れてほしいというのが本音だ。
「私は安心するよ?イザークさんといるなら大丈夫って。」
一見、異性に特別な思いを告げるかのような笑顔と言葉にイザークの心が大きく揺れた。しかしイザークには分かっているのだ。これはシャディアの罠、ただ楽しい時間を過ごすための揶揄いだという事に。
「…変態か?」
「失礼な!ねえ、妹さんは私より小さいの?」
「下の妹ならそうだとは思うけど、上の妹は…同じくらいじゃないか?」
昨日の夜から少しずつお互いの話をしてきた。なるべく今の話を、食の好みの話を、どんな色が好きかを。シャディアが両親を亡くしたと言っていたので家族や里の話には触れないようにしていたが、ついイザークの口から妹の話が出てしまった。
最初は躊躇ったがシャディアが気にする様子がないのでそのまま聞かれたことに話したのだ。楽しそうに自分の話を聞くシャディアに調子にのって口が滑ったというのもある。こんなに乗せられやすいのかとイザークは自分の中で反省した。
「尚更お兄ちゃんな部分が出てしまうのかもね?いいね、こんなに大切にしてくれるお兄さんがいて。」
「そうか?感謝されているようには見えないぞ。」
「感謝してるよ、絶対。私がずっと感じているように。」
イザークに伝えるというより、自分の中で確かめるように、噛みしめるようにシャディアはそう言葉を紡いだ。とても大切に、愛おしい思いを込めてしまったことに気付いたのは声にした後だった。弁解するつもりではなかったが、無意識にとってしまった行動に慌ててシャディアはイザークの方を見る。
イザークは目を丸くしてシャディアを見ていた。
「あ、えっと…。」
「そうだといいんだけどな。まあ、そう思っておく。」
「ね、そうだと…いいね。」
あまり信じていない様子だったがイザークはシャディアの言葉を受け取ってくれたようだ。いつになくたどたどしく同意してみてもシャディアの心は騒がしいままだった。歩き始めたイザークの背中を追う様に自分も歩き始める。
すぐ目の前にある腕を掴みたくなる衝動を深呼吸して抑えた。この出会いはほんの一時の物だと自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。心を許してはいけない、預けてはいけない。
恋をしてはいけないと強く自分に言い聞かせた。
「私にはやらなきゃいけないことがある。」
そう呟くことが一番自分への戒めに効くものだとよく知っている。そう、自分には成し遂げなくてはいけない目的があるのだ。今もその道中に過ぎない。
「馬車までは時間があるな…。街の中を見てみるか?でも足の事もあるし…。」
「見て回りたい!!」
自分の気持ちを切り替える為にもシャディアは明るく返事をしてまたイザークの眉を寄せた。
「はしゃいだら悪化するぞ?」
「大丈夫、落ち着いて小範囲で買い物します!」
無駄遣いもしません、そう子供の様に誓いを立てるシャディアにイザークは遠慮なくため息を吐く。そして毎度の様にこう言うのだ。
「逸れないように。」
まるで子供の相手をするように諭すイザークを見つめてシャディアは笑う。そして胸の中で呟いた。これでいいと。イザークは自分の事を妹の様に感じているのだろう、手のかかる、でも放っておけない妹の様に。それは自分がそういう対象に見られていないと突き付けられているという事だが、シャディアにとって都合が良かった。
これ以上自分の気持ちが膨らまないように。自分自身だけでは抑制できそうにないからイザークにも手伝ってもらった方がいいと、切なく気持ちを抱えて笑うだけだ。
それはシャディアではなく意外にもイザークの方だ。朝起きたときに気付いた全身の軋み、どうやらガチガチに緊張していた状態で不格好に踊っていたものの代償らしい。
「おかしい…身体がギスギスする。」
「あはは、武術では使わない筋肉だったか。」
朝食の席でイザークが漏らせばシャディアは満足そうに笑って見せた。シャディアはどうだと問われれば、まだ少し足の痛みはあるものの大丈夫そうだと頷く。それでも不安を拭えなかったイザークは念の為にとシャディアを診療所に連れていき治療を施してもらった。
「心配性だなぁ…。」
「昨日あれだけ移動した後に長時間踊ったんだ。もう少し自分の身体を労わった方がいい。」
「それはまるで保護者の意見よ、イザークさん。」
そうぼやいたものの、しっかりと旅ができるように固定してもらった足首は確かに安定している。そして治療士にもまだ無理はしない方がいいと念を押されたのだ。
「…妹と同じような事を言わないでくれ。」
「妹?」
「…つい先日久しぶりにあった妹に言われた。お父さんみたいなことを言わないでくれと。」
苦々しい表情で漏らした言葉は不本意だと全力で訴えていた。妹に面と向かって言われたのだろう、その時を思い出しながらなのかイザークは項垂れた。
「あはは!確かに!!分かる!!」
「はあ!?」
「ちょこちょこ出てるよ、保護者目線。」
ダメだと分かっていてもシャディアはお腹を抱えて笑ってしまう。
「そっか、やっぱりそうじゃない!イザークさんはお兄ちゃん気質なんだよ。」
「な…俺は兄なんだから仕方ないだろ!?」
「うん、だから導いてあげたくなるんだよね?」
自分が出会ったいろんな人に、そう続けてシャディアは満足そうに微笑んだ。
「年上でも何でも、手を貸して諭して導いてあげたくなる。だから諭された方にとっては硬いとか真面目とかって印象をあたえちゃうのかも。」
「…もうその話はいい。」
昨日つい零してしまった弱音をもう一度引き出されてイザークは居心地が悪くなった。昨日の話だ、もう忘れてほしいというのが本音だ。
「私は安心するよ?イザークさんといるなら大丈夫って。」
一見、異性に特別な思いを告げるかのような笑顔と言葉にイザークの心が大きく揺れた。しかしイザークには分かっているのだ。これはシャディアの罠、ただ楽しい時間を過ごすための揶揄いだという事に。
「…変態か?」
「失礼な!ねえ、妹さんは私より小さいの?」
「下の妹ならそうだとは思うけど、上の妹は…同じくらいじゃないか?」
昨日の夜から少しずつお互いの話をしてきた。なるべく今の話を、食の好みの話を、どんな色が好きかを。シャディアが両親を亡くしたと言っていたので家族や里の話には触れないようにしていたが、ついイザークの口から妹の話が出てしまった。
最初は躊躇ったがシャディアが気にする様子がないのでそのまま聞かれたことに話したのだ。楽しそうに自分の話を聞くシャディアに調子にのって口が滑ったというのもある。こんなに乗せられやすいのかとイザークは自分の中で反省した。
「尚更お兄ちゃんな部分が出てしまうのかもね?いいね、こんなに大切にしてくれるお兄さんがいて。」
「そうか?感謝されているようには見えないぞ。」
「感謝してるよ、絶対。私がずっと感じているように。」
イザークに伝えるというより、自分の中で確かめるように、噛みしめるようにシャディアはそう言葉を紡いだ。とても大切に、愛おしい思いを込めてしまったことに気付いたのは声にした後だった。弁解するつもりではなかったが、無意識にとってしまった行動に慌ててシャディアはイザークの方を見る。
イザークは目を丸くしてシャディアを見ていた。
「あ、えっと…。」
「そうだといいんだけどな。まあ、そう思っておく。」
「ね、そうだと…いいね。」
あまり信じていない様子だったがイザークはシャディアの言葉を受け取ってくれたようだ。いつになくたどたどしく同意してみてもシャディアの心は騒がしいままだった。歩き始めたイザークの背中を追う様に自分も歩き始める。
すぐ目の前にある腕を掴みたくなる衝動を深呼吸して抑えた。この出会いはほんの一時の物だと自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。心を許してはいけない、預けてはいけない。
恋をしてはいけないと強く自分に言い聞かせた。
「私にはやらなきゃいけないことがある。」
そう呟くことが一番自分への戒めに効くものだとよく知っている。そう、自分には成し遂げなくてはいけない目的があるのだ。今もその道中に過ぎない。
「馬車までは時間があるな…。街の中を見てみるか?でも足の事もあるし…。」
「見て回りたい!!」
自分の気持ちを切り替える為にもシャディアは明るく返事をしてまたイザークの眉を寄せた。
「はしゃいだら悪化するぞ?」
「大丈夫、落ち着いて小範囲で買い物します!」
無駄遣いもしません、そう子供の様に誓いを立てるシャディアにイザークは遠慮なくため息を吐く。そして毎度の様にこう言うのだ。
「逸れないように。」
まるで子供の相手をするように諭すイザークを見つめてシャディアは笑う。そして胸の中で呟いた。これでいいと。イザークは自分の事を妹の様に感じているのだろう、手のかかる、でも放っておけない妹の様に。それは自分がそういう対象に見られていないと突き付けられているという事だが、シャディアにとって都合が良かった。
これ以上自分の気持ちが膨らまないように。自分自身だけでは抑制できそうにないからイザークにも手伝ってもらった方がいいと、切なく気持ちを抱えて笑うだけだ。