「イザークさんって普段はあまり馬車乗らないの?」
「…まあ。」

その態度、言葉からは馬車に乗りなれている様子は見受けられなかった。そういえばと外を見れば一頭、車をひくものとは別に馬がつながれている。イザークは何度となく繋がれた自分の馬を見ては身体を少し揺らせていたのだ。まさか、その可能性が浮かんでシャディアはイザークを見た。

「いつものイザークさんなら夕方には着いてる?」
「…急ぎなら昼過ぎには。馬車とは違い速度を求めるので。」
「ごめんなさい、付き合わせちゃって。」
「は?」

完全に何も考えずに口から出ている言葉はイザークの素のものだろう。一瞬何を言われているのか理解できなかったのか、シャディアと目を合わせた瞬間に納得したような表情をした。

「今更ですね。」
「ええ…まあ…そうですけど。」

痛いところを付かれしおらしく顔を逸らして俯くとイザークのため息が降ってくる。

「性分です。自らの足で動くことが多いので、こう…運ばれるという状況に落ち着かないだけですから。」

少し不本意な色を混ぜながら答えるイザークは確かにその言葉通りだと思った。組んでいる手は親指が落ち着き場所を探して動いている。イザークは騎士だ。ともすれば馬車に収まるようなことは彼の言う通り余程のことがない限りないのだろう。これはもしかして苦行だろうか、そう思いシャディアはイザークに先ほどのお菓子を差し出した。

「お菓子もう一つどうですか?」
「いや、甘いものはもう。」

きっと馬車に乗り慣れていない分、かなり窮屈に感じている筈だ。触れるか触れないかの距離をとって、大きな身体を狭い馬車の中に押し込めるのは大変だろうに。改めてイザークの身体つきの良さに感心していると車内が大きく揺れた。

「わわ…っ!」

車輪がくぼみにはまったのか馬車が大きく揺れてシャディアはイザークの方に揺さぶられてしまった。反射的に相棒の楽器、ドーラを抱きしめて守ったが思ったよりも自分に与えられる衝撃がない。

「大丈夫ですか?」
「え?」

頭上から聞こえた声に誘われて顔を上げれば、すぐ目の前にイザークの顔があり思わず目を見開いて固まってしまった。

「ごめんよ、お嬢さん。」

そう言いながらイザークとは反対隣のお菓子をくれたおじさんが身体を起こすのが肩越しに見えた。全く状況が理解できていなかったので言葉を返すことが出来なかったが、数秒してシャディアとおじさんの間にイザークの腕があったことに気が付く。

イザークが雪崩れてきたおじさんを堰き止めてくれていたのだ。

「シャディア、足は?」
「え、あ、大丈夫…。」

反射的に答えたものの放心に近い状態のシャディアに納得はしてもらえていない様だった。

「えっと…。」

シャディアは怪我をしている方の足に目を向けた。軽く動かしてみても特に新たに痛みが増えているわけではなさそうだ。何にもぶつかっていないし、変に力が入らなかったことを確認する。

「うん、大丈夫です。」

今度こそ納得がいったのか、イザークは頷くとシャディアの身体をゆっくりと起こしてやった。今はもう通常の揺れに戻った馬車の中で少し前までと同じ位置に座り直す。イザークの腕もシャディアを抱え込む様な形から元の胸の前で腕を組む体勢に戻った。あの一瞬の揺れの中で素早くシャディアをその腕の中に入れてくれたのだ。

あの僅かな時間にシャディアを労わる為の色々なことを考えて守ってくれたのだ。シャディアは視界の中の自分とイザークの足を見つめて心が温かくなる。

「…やさしいな。」

そう呟いたのは胸の内なのか声に出ていたのかは分からない。イザークはシャディアを心配してくれているのだ。シャディアは馬に乗れないわけではない、でも足を怪我しているという理由から馬車を移動手段に選んでくれたのだ。自分の馬をわざわざ繋げて運んでもらい、慣れない面倒なことを何も言わずにしてくれているのではないのだろうか。

こんな押しかけて強引に自分のペースに巻き込んだシャディアを気にかけてくれている。ほんの少し後悔をしながら、時折外に繋がっている馬をすがるように見つめながら。なんて優しい、なんて可愛らしい。何だか嬉しい気持ちが高まってシャディアは表情が崩れてしまった。

「ふふ。」

堪えきれずに笑みがこぼれてしまう。シャディアの声に気付いたイザークが不思議そうに見つめてきたので目が合った。シャディアの笑い声の理由が分からず片眉を上げて何かと表情だけで問いかけてくる。その可愛らしい表情にシャディアはまた少し笑ってしまうのだけど。

「イザークさん。」
「はい?」
「ありがとうございます。」

突然のお礼に理由が分からなかったのかイザークは目を丸くして見つめ返す。しかしにこにこと微笑むシャディアの様子からさっき支えたことだろうと解釈して笑みを浮かべた。

「いえ。」

気にするなという意味だろう、腕を組んだままの手が指先だけ伸びた。その些細な行動も、自分の声に答えて貰えた事も嬉しくてシャディアははにかんだ。