何かシャディアの反応は最近会話した夢見がちな妹の反応と似ていて察しがついた。イザークの妹は最近恋愛小説に夢中なようで騎士団所属の兄に対して多くの質問を投げかけてきたのだ。

やれ騎士団には美形がそろっているのは本当なのか。やれ貴族の令嬢との秘密の恋に溺れたことはないのか。やれ王室からの秘密の任務を個々に請け負っていて単独行動をすることもあるのか。久しぶりに会うなり鼻息荒く迫ってくる妹の勢いと異様な雰囲気にただただ圧倒された。

最後には王族との婚姻を結んだものはいないのか、結びそうなものはいないのか等ととっておきの情報を求めるが故に興奮気味に絡みついてきたのだ。あまりに突拍子もない話題、誰から聞いた情報なのかと問えばそういった恋愛小説が流行して数多くの名作が生まれ、世の女性を虜にしているのだという。

それには言葉もなく、いや言葉を失って頭を抱えたものだった。妹にしてみたら真偽はどうでもよく、ただその小説が楽しいのだと。好奇心で聞いてみたかっただけなのだと吐き捨てて部屋にこもってしまった。自己満足で去っていった嵐はイザークの心にそれなりの被害を及ぼした。

前々から元気な奴だと思っていたが、それとは違う種類のような気がして頭が痛い。今のシャディアの反応は妹のそれに似ている。好奇心、適当になんとなく聞いてみたような意味のない言葉である雰囲気がありありと感じられた。振り回される方の事なんてお構いなしだ。

「あ、当たりだった?」

何も言わないイザークに対して察して欲しいのはそこではないのだが、自分の思う所と違う場所を心配されるのはどうも居心地が悪い。何を発言しようが結局はシャディアのいいように解釈されるだけなのだろう。ここにあの方たちがいたら絶対に指さして笑うだろうな。そんな事を思うとため息が出た。

「…そんなところです。」

これ以上の会話は疲労にも繋がるし迂闊な事も漏らしかねない。ここはシャディアの言い分に乗っておこうと半ば投げやりに頷いてイザークはこの話題を閉じようと試みた。

横目で見ればシャディアは顔を輝かせて何度も深く頷いている。やはり自分の考えた通りなのだと満足気に口角を上げていた。放っておいた事で後々面倒な事になりそうな予感を抱えつつも、とりあえずこの場はこれで乗り越えようとイザークは苦笑いをするしかなかった。

「イザークさんのお休みが終わるまでコレね。」

そう言って人差し指を口元に当てるシャディアが優しく微笑む。

「そうしていただけると。」
「私たちの秘密ね。」

ため息交じりだったとはいえ、イザークの返事にシャディアは目を細めて口角を上げた。それは今までに見たどの笑顔よりも大人びていて幼さを隠したものだった。なんだ、と一瞬高鳴った鼓動に首を傾げてイザークは戸惑う。

「王都、楽しみだな。案内してくださいね!」
「…現地解散の予定では?」
「そんなこと言わないで、旅は道連れっていうじゃないですか。さっきの町よりも大きいんでしょ?どんな人がいるのかな…道端で弾いても?」
「さあ、演奏者はいますが許可があるのかは。」

視線を宙に逃がして巡らせてみてもイザークには半端な答えしか出なかった。いつもの日々を過ごす場所ではあるが、そういった見方をしていない分どうだったか自信がない。

いやむしろ、そのことを知らない自分に問題があるのだと気づかされて眉を寄せた。日常の些細なことにも疑問を持って知識にしなければ。他の街で感じたことはいいきっかけとして自分のものにしなければいけないのだとイザークは人知れず自分を叱った。

「そっか。聞いてみないとね。今日はどこまでいくの?」
「イルーバという町まで。」
「夜には町に着く?」
「ええ、多分。」

外の様子を見ながら答えるイザークにシャディアは瞬きを重ねて首を傾げた。何だろうか、さっきからこの何となく伝わってくるイザークの心理状態は。

「この先の街で一度馬車を乗り換えてから進んだ先です。そこでどの位待ち時間があるかは分からないのでそれ次第です。」
「乗り換え。」
「この先も何度か乗り換えますよ。」

イザークの言葉にシャディアは納得するように何度も頷いた。その言い方は少し抵抗があるような色を含んでいる気がしてそのまま様子を窺うことにする。