「久しぶりの休暇ってどんな事するんですか?のんびり旅行とか?」
「いえ、今回は実家に断りを…。」
そこまで口にして思わず言葉を飲み込んだ。いつの間にか砕けた言葉遣いにしているシャディアは馴れ馴れしくイザークに話しかけては距離を取られているような状況だ。イザークとしてはそこまで慣れ親しむつもりはないので、どうにも扱いが難しく返事にも気を遣ってしまう。それによって生まれる僅かな隙をシャディアは逃すことなくついてくるのだった。
「断り?」
「いえ、ただの帰省です。こんな年でも顔を出さないと両親も寂しがりますので。」
誤魔化しきれたか分からないが、面倒な本当の理由の一つと共にため息を吐くと視界の端に映ったシャディアの表情に気が付いた。微笑んではいるが少し寂しそうな、何か持て余した感情を含んだ表情に少し目を見張る。
「仲良し家族なんですね。」
仲良し、そんな言葉が自分の人生に存在しただろうか。そんな疑問が浮かんで険しい顔で宙を眺めた。家族との付き合いに関して特別何か感情を持ったことも言及したこともない。仲良し家族など、今迄自分の中で使われなかった言葉をどう捉えていいのか分からないイザークが微妙な顔つきになるのは仕方がなかった。
「そんな大事な休暇に私に捕まってしまって災難でしたかね?」
「…自覚があるようで何よりです。」
災難という言葉で収まるようなものなのかとこめかみが引きつる。多少怒気を抱えて答えるとシャディアはさっきまでとは違ういたずらっ子の様な色で笑った。
「それでも私は付いていきますからね!」
物凄く厚かましいことをしておいて物凄く他人行儀な言い草にイザークの憤りが募るばかりだ。押しが強くてしつこいから覚悟してくれと続けるとシャディアはまた一つ菓子を頬張る。
「おいし~。」
嬉しそうに頬張る笑顔のなんて罪深いことだろう。頼み込まれると断り切れないのはイザークの性分だ。それにもし若い娘を置き去りにして何か不幸な出来事が彼女に降りかかったらと考えれば寝覚めが悪そうで放っておけなかったのもある。
結局はそこをつかれた事になるのだが、それはシャディアの方が上手だったということだろう。例えイザークの策が上手くいき、彼女を突き放すことが出来たとしても、きっと気になって結局シャディアの元に戻った気がする。
そんなこんなの自分の性格もあって結局は一緒に旅を始めたということだった。たった数日、王都までの短い同行者だ。
「そういえば、イザークさん。あの方ってどんな人?そんなに偉いの?」
気が付けばシャディアとは狭い乗り合い馬車の中という事あり物理的にも距離が近くなっていた。年齢はおそらくイザークより下であろう彼女のこの押しの強さは若さゆえの勢いなのかとも思った。
「近いです。」
そう短く答えて手でも制すると身を乗り出していたシャディアの身体が少し離れていく。年頃の娘にしては少し無防備ではないか、なんとなく保護者目線で見れば少しシャディアの身の振り方が心配になってきた。
「そんな事より…女の子が一人旅なんてご家族の方が心配してるのでは?」
話題を変える意味合いもあったが、イザークは純粋に心配になってシャディアに問いかけていた。
「…女の子?あはは!さすがにそんな幼い歳でもないのよ、イザークさん。」
「それは失礼。しかしご両親にとっては大切な娘さんでしょう。」
「うーん、そうですねえ。…でも両親はいないから。」
そう言うとシャディアは身体を引いて少し困ったような表情を見せた。さっきイザークの帰省の話をした時に見せた寂しげな表情はそれが原因だったのかと想像がつく。
亡くなってしまったのだろうか、それとも居なくなってしまったのだろうか。イザークの周りには様々な家庭事情を抱えた仲間がいるため、いろんな可能性が頭の中で過った。それ以上語ろうとしないシャディアの雰囲気に、自分の言葉の無礼さを痛感してイザークは心苦しくなった。
「それは、申し訳ない。」
「別にイザークさんが謝ることじゃないでしょ。それに言いたくなければ私だって適当に嘘くらいつけます。」
あっという間に表情を変えて何でもないと言い放った姿には相手に気を遣わせないシャディアの振る舞いを感じられた。それに対してイザークはどれだけ選んでも適切な言葉が掴めない。こういう時に思い出すのがあの方たちの振る舞いだが、それでも思い浮かばず眉根を寄せて口元に力が入った。
「しかし…すまない、言葉が見つからない。」
情けないがそれが自分の精一杯だ。本人よりも心痛の表情で言葉を探すイザークにシャディアは目を丸くした。胸の奥がくすぐったくなるような感覚にイザークへの印象が彩り始めていく。
「心配してくれてありがとうございます。」
バツが悪そうに顔を逸らしていたイザークは声に導かれて顔を上げた。横に座るシャディアは初めて見る朗らかな笑顔でイザークを見つめていたのだ。声色もこれまでにないくらい落ち着いて、その中でもしっかりと嬉しい感情の色を乗せていた。
不覚にもイザークは思わず見惚れてしまった。
「いえ、今回は実家に断りを…。」
そこまで口にして思わず言葉を飲み込んだ。いつの間にか砕けた言葉遣いにしているシャディアは馴れ馴れしくイザークに話しかけては距離を取られているような状況だ。イザークとしてはそこまで慣れ親しむつもりはないので、どうにも扱いが難しく返事にも気を遣ってしまう。それによって生まれる僅かな隙をシャディアは逃すことなくついてくるのだった。
「断り?」
「いえ、ただの帰省です。こんな年でも顔を出さないと両親も寂しがりますので。」
誤魔化しきれたか分からないが、面倒な本当の理由の一つと共にため息を吐くと視界の端に映ったシャディアの表情に気が付いた。微笑んではいるが少し寂しそうな、何か持て余した感情を含んだ表情に少し目を見張る。
「仲良し家族なんですね。」
仲良し、そんな言葉が自分の人生に存在しただろうか。そんな疑問が浮かんで険しい顔で宙を眺めた。家族との付き合いに関して特別何か感情を持ったことも言及したこともない。仲良し家族など、今迄自分の中で使われなかった言葉をどう捉えていいのか分からないイザークが微妙な顔つきになるのは仕方がなかった。
「そんな大事な休暇に私に捕まってしまって災難でしたかね?」
「…自覚があるようで何よりです。」
災難という言葉で収まるようなものなのかとこめかみが引きつる。多少怒気を抱えて答えるとシャディアはさっきまでとは違ういたずらっ子の様な色で笑った。
「それでも私は付いていきますからね!」
物凄く厚かましいことをしておいて物凄く他人行儀な言い草にイザークの憤りが募るばかりだ。押しが強くてしつこいから覚悟してくれと続けるとシャディアはまた一つ菓子を頬張る。
「おいし~。」
嬉しそうに頬張る笑顔のなんて罪深いことだろう。頼み込まれると断り切れないのはイザークの性分だ。それにもし若い娘を置き去りにして何か不幸な出来事が彼女に降りかかったらと考えれば寝覚めが悪そうで放っておけなかったのもある。
結局はそこをつかれた事になるのだが、それはシャディアの方が上手だったということだろう。例えイザークの策が上手くいき、彼女を突き放すことが出来たとしても、きっと気になって結局シャディアの元に戻った気がする。
そんなこんなの自分の性格もあって結局は一緒に旅を始めたということだった。たった数日、王都までの短い同行者だ。
「そういえば、イザークさん。あの方ってどんな人?そんなに偉いの?」
気が付けばシャディアとは狭い乗り合い馬車の中という事あり物理的にも距離が近くなっていた。年齢はおそらくイザークより下であろう彼女のこの押しの強さは若さゆえの勢いなのかとも思った。
「近いです。」
そう短く答えて手でも制すると身を乗り出していたシャディアの身体が少し離れていく。年頃の娘にしては少し無防備ではないか、なんとなく保護者目線で見れば少しシャディアの身の振り方が心配になってきた。
「そんな事より…女の子が一人旅なんてご家族の方が心配してるのでは?」
話題を変える意味合いもあったが、イザークは純粋に心配になってシャディアに問いかけていた。
「…女の子?あはは!さすがにそんな幼い歳でもないのよ、イザークさん。」
「それは失礼。しかしご両親にとっては大切な娘さんでしょう。」
「うーん、そうですねえ。…でも両親はいないから。」
そう言うとシャディアは身体を引いて少し困ったような表情を見せた。さっきイザークの帰省の話をした時に見せた寂しげな表情はそれが原因だったのかと想像がつく。
亡くなってしまったのだろうか、それとも居なくなってしまったのだろうか。イザークの周りには様々な家庭事情を抱えた仲間がいるため、いろんな可能性が頭の中で過った。それ以上語ろうとしないシャディアの雰囲気に、自分の言葉の無礼さを痛感してイザークは心苦しくなった。
「それは、申し訳ない。」
「別にイザークさんが謝ることじゃないでしょ。それに言いたくなければ私だって適当に嘘くらいつけます。」
あっという間に表情を変えて何でもないと言い放った姿には相手に気を遣わせないシャディアの振る舞いを感じられた。それに対してイザークはどれだけ選んでも適切な言葉が掴めない。こういう時に思い出すのがあの方たちの振る舞いだが、それでも思い浮かばず眉根を寄せて口元に力が入った。
「しかし…すまない、言葉が見つからない。」
情けないがそれが自分の精一杯だ。本人よりも心痛の表情で言葉を探すイザークにシャディアは目を丸くした。胸の奥がくすぐったくなるような感覚にイザークへの印象が彩り始めていく。
「心配してくれてありがとうございます。」
バツが悪そうに顔を逸らしていたイザークは声に導かれて顔を上げた。横に座るシャディアは初めて見る朗らかな笑顔でイザークを見つめていたのだ。声色もこれまでにないくらい落ち着いて、その中でもしっかりと嬉しい感情の色を乗せていた。
不覚にもイザークは思わず見惚れてしまった。