彼女はどうして自分がこんな目にあっているのか、本当に分からなかった。
「はぁっ…はぁっ。」
唾を飲み込むのでさえも辛い息遣いで懸命に風を切っていく。
ただひたすらに前だけを見据えてがむしゃらに速度だけを求めていった。
「待ちやがれ、コイン泥棒!」
背中に罵声を受けながら必死に走る少女がいる。それが数刻前までは高台の上から期待に胸を膨らませて街を眺めていた彼女だ。
数刻前の彼女の姿を知る者で誰がこの懸命に走る少女と同一人物だと思えるだろうか。
しかしそれは現実で、残念ながら希望に満ちていたはずの街の中で彼女は追われ逃げているのだ。
人混みを懸命にかき分け、その胸に絶対に離すまいと必死に抱きかかえた弦楽器を擦らせながら懸命に足を動かした。
「コイン泥棒!?嘘ばっか言わないでよ!お金なんて貰ってないじゃない!」
確実に混乱している頭でも文句だけは何も考えずにスルリと口から零れていく。
例え息が切れていても難なく文句が出てくるのは性格だし、むしろ条件反射の様なものだ。
女は無口が華なんて誰が言った?
そんな反抗心でさえも燃やしながら身体は必死にこの状況から逃れようともがいて走り続けている。
「待て!そこの女-っ!」
「だから…っ一体何なのよっ!?」
全くと言っていいほどこの状況を把握できてないながらも、自分の身に危険が迫っていることを本能で察知して逃げ出した。
いま彼女が逃げ続けているのもその本能に従っているからだ。
「ごめんなさい!通して!ごめんね!」
逃げ切らないと明日はない気がする、しかしここは辿り着いたばかりの街で残念ながら土地感覚は全くと言っていいほどない。人も多いし何なら旅人である彼女はその姿も少し珍しく見えるのかもしれない。
絶対的に不利。
「だからって捕まってたまるか!!」
そう叫んだが最後、腹を括った彼女はこれまでの旅の疲れも全て背負って必死に自分の身体に鞭を打つことに決めた。止まったらもうそこから動けなくなる予感がして少しの休憩も命取りになると考えたのだ。
「行け。シャディア!」
自分自身に気合を入れるとシャディアは海が見えるこの街の階段を跳ぶ様にして駆け下りた。とにかく逃げろ、直感を信じて一刻も早くこの広場から立ち去るのが最善策だと考える。というよりもこの街から出た方がいいとさえ思うくらいだ。
「ひゃあ!ごめんなさい、通してー!」
階段を上ってくる人たちにぶつからないよう、身を翻しながら走り続けているとまたも追いかけて上から声が降ってきた。
「おい、待てそこの女!!」
反射的に足を止めて見上げれば階段の一番上から下りようとする男がいる。間違いない、それはあの男だ。若い。それでも自分よりは年上に見えるが荒くれた服装は簡単に話を終わらせてくれそうにない雰囲気を醸し出している。
つまりは捕まったら最後なのだとシャディアは本能で察し全身が震えた。
「絶対ヤバイやつ!絶対ヤバいやつ!!」
危機感が増してシャディアはさっきよりも気合を入れて走り出した。何故こんな状況になっているのか、やはりまだ分からない。
シャディアは段々となっているこの街上側の区域にある広場で楽器を鳴らしていた。旅の共に携えてきた弦楽器、幼い頃より常に生活の中にあったシャディアの一部のようなものだ。弦に触れ音を鳴らすのは呼吸をすることにも等しいと思う。
これといって決まった曲を弾くのではなく、ただ当たり前のように取り出し思うがままに弦を弾いて音を奏でていた。気の向くまま、思いのままに。初めて訪れたこの街の雰囲気が心地よくて、思わず響かせたのが始まりだった。